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2008年4月 8日 (火)

熊野を巡る旅・その3

次の日、美味しい朝食(温泉の湯で作った「鉱泉粥」が珍しかったです)を取った後、すぐそばにある川からも源泉が出ており、ここでゆで卵を作れるそうで、皆でゆで卵を作ろうと外に出たら、そこで宿の支配人らしいおじさんが私たちに話しかけてきました。

友人数人と支配人は旅館の前で話し込みましたが、私はなんとなくあまり話したくない気がして、川でゆで卵の番をしていました。卵がゆで上がると、旅館のラウンジでしばらく話したのですが、この支配人は結構わかる方らしくて?、私が卵の番をしていた時から不思議な話や付近の神社の話をしてくれたそうです。

こういう地域なので、そういう人が旅館の支配人であるのも不思議ではないですが・・この人は、自分のところに宿泊したE原さん(時々私のブログにも登場する、私の好きな方)のことを否定していました。山で千日過ごした大阿闍梨と比べてのことです。今振り返ると、「比べる相手が全然違うのでは」と突っ込みたかったですね。良い話もいくつか聞きましたが、支配人が話してくれた「実るほどに稲穂(人のこと)は頭を垂れるもの」の例え話を、そのままあなたにお返ししたいと思いました。私は卵の番をして、良かったです。

これを書きたかったこともあり、旅館の名前は伏せましたがcoldsweats01 catface 、卵の番をしていた時、支配人は吉野の桜はそれほど咲いていないことを教えてくれ、話の流れで今日は玉置山に行ってみようということになると、道も詳しく教えてくれたそうです。余計な話☆以外は本当に良いお宿だったことを、もう一度付け加えておきます・・!

旅館を出ると、そこから近くの熊野本宮大社に行きました。

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ここでは、前日訪れた瀧原宮との違いをよく感じることができ、そういう点では訪れて良かったです。写真にもあるように、Jリーグのシンボルでおなじみの八咫烏が目立っていましたが、入口の鳥居でまんじゅうを販売するなど、商業主義に走りすぎな気がしました。立派な門をくぐると立派な本殿(撮影禁止)がありましたが、私は青い空を見上げて、ここの神様は気の毒だと思わずにはいられませんでした。

友人Cも似たようなことを感じていたようですが、社務所で昨日買えなかった新しいご朱印帳を買い、初めのページにご朱印を打ってもらっていました。

その後、歩いて数分の旧社地(大斎原:おおゆのはら)に行きました。熊野本宮大社は明治時代に未曽有の大洪水に襲われたそうで、旧社地から今の場所へ移動したそうです。その入口に、巨大な鳥居がありました。すぐそばの田畑に植えられた菜の花と桜がとてもきれいでした。

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熊野古道が世界遺産に登録され、ここも多少変わったのかもしれませんが・・良い方へ変わっているのかどうなのか。ちょっとしたことがあり、しばらく考えました。私は、桜と菜の花が一番良かったです。その後は、奈良県十津川村の玉置山を目指しました。地図はどこで撮ったか忘れましたが(多分、道の駅?)、1時間くらいだったと思います。

私は、今回思いがけず玉置山に行くことになり、嬉しかったです。今まであまり人に話したことがないのですが、実は私は玉置山に一度行きたいと、かなり前から思っていました。一人で地図を見ては、一人では運転が難しそうだな・・でも、どうにかして行ってみたいと思っていました。今回の旅の前には、玉置山の「た」の字も出なかったのに。こういうことってあるのだなぁと、感慨深くなりました。

そんな私の様子を見て、友人Cは「良かったね」と言いました。実は友人Cは過去世が見える人です。いつでもどこでも見えることはないのですが、例えば前回の鞍馬の旅では、山の途中にある古い建物で休息がてら皆で瞑想していた時、この5人共通の古い過去世が見えてきて(古い古いエジプト時代の話)、解説してくれたことがありました。

今回も、とても興味深い話を聞くことになるのですが(しかも、メインは私でした)・・・と、今日はもう時間がないので、ここまでにします☆続きをお楽しみに~!

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