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2008年4月 9日 (水)

熊野を巡る旅・その4

(玉置山を初めて知る方は、→詳しく書かれたサイトがありますので、ご覧下さい)

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玉置山の上に玉置神社があります。そこを目指しましたが、山のふもとから登るのではなく、結構上の方まで車で行くことができるので、そこまで車で行きました。駐車場を降りると、すぐそばに鳥居がありました。

何年も前から行きたいと思っていた玉置山でしたが、いざ鳥居をくぐると、何かモヤモヤしてあまり良い気分ではありませんでした。自分でも、ワクワクしないのはどうしてだろう?と疑問に思いました。そのうち、背中に嫌な痛み(重みと言っても良いかも)を感じてきました。他のメンバーは、ここは気持ち良いところだねと言っているのに、です。しばらく山道を歩きました。

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本殿につくと、私は少し緊張しながら階段を上り、挨拶をしたのですが・・自分でも、とても不思議でしたが、内側から出てくる言葉と思いは、自分の非をわびるものしか出てこないのです。

(数々の無礼を、どうぞお許し下さい)

・・・???初めて訪れる神社でいきなり謝るなんて、今まで39年生きてきましたが、初めての経験でした。心でそうわびる自分を客観しても、本当に不思議でした。

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本殿の裏手には、縄文杉と札の立てられた大変立派な杉があり、そこで自然と手を合わせたのですが、やはり、自分の非をわびる言葉しか出ません。理由もわからないのに、涙も少し出てきました。その時、私の隣には友人Cがいたのですが、

「ルーンさん、覚えとる・・?昔、ルーンさんはここにいたんだよ」

友人には、かつて私がここにいたのが見えてきたそうで、そう話してくれました。私は、どうしてかわからないけれど、自分の非をわびる言葉しか出てこないことを話しました。

そこから少し歩くと社務所があり、私はそこでプラスチックの勾玉がついた根付(ストラップにも使える)を見つけ、わ、欲しいと思ったのですが、先を急ごうと言うことで、あとで買うことにしました。友人Cはご朱印帳を出し、今から上に登って来るので、その間にご朱印をお願いしますと言って預けました。なんでも、頂上手前にこの山のご神体があるそうで、そこまで登ることにしたのですが、急勾配らしいので、無料貸し出ししている杖を手に歩き出しました。

確かに、急勾配な山道だったのですが・・京都の鞍馬山でもそうだったのですが、こういう山道は私は大得意?で、後ろから誰かが押してくれるみたいに楽に登ることができます。他のメンバーは疲れが出ている様子でゆっくり登りますが、私は一人で先にズンズン行きました。日頃運動不足なので心臓はバクバクし、はぁはぁ息が苦しくもなるけれど、時々休んでは、みんなを待っていました。

そうして一人で先に登っていた時・・修験者が、目下の者を叱るような怒声が耳元に聞こえました。それがなぜか、現在の日本語に変換されて聞こえたので、妙でした。もっと妙なのは、確かに聞こえた言葉をその後すぐに忘れてしまい、思い出せなかったことでした。多分、もっと早く登れよ、というような内容だったと思います。

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頂上まで行かず、この玉石社まで登りました。ここは、3本の大きな杉の木に囲まれて、地中から顔を出している石がご神体です。顔を出している部分はほんの一部で、地中深くにはものすごく大きな岩石として埋まっているそうです。

ここで、皆で横一列に並んで挨拶しましたが、この時友人Cが見えて語ってくれたことは・・
今回ここに来た全員がかつてこの玉置山で修験者だったこと、修行する修験者は800人いたこと、数人(数十人?)のグループになっていくつもわかれていたこと、詳しい理由はわからないけれど、私が皆を置いてこの山から下りたこと、皆がどんなに引っ張り上げようとしても私が頑として聞き入れず、この山に戻らなかったこと・・でした。その時は、突然そう言われて、私も皆もややボーっとしながらその話を聞いていました。

ボーっとしながらも・・さっき聞こえた怒声や、昨晩見た夢のことを思い出していました。昨晩見た夢は、今まで初めて見た部類の夢でした。多分、修験者だった時の過去世の記憶が断片的に出たのだろうと思いました。それと、神社の前でも杉の木の前でも、自分の非をわびる言葉しか出てこない自分。そういったものがみな、すごい勢いで私の中にストンと落ちる気がしました。

来た道を戻り、社務所に立ち寄り、私は勾玉ストラップを買ったのですが、友人が預けたご朱印帳がなくなってしまっていたのです。社務所の女性の方が懸命に探しても、出てきませんでした。友人は特に怒ることもなく、もういいですよと声をかけ、結局、そこで販売している新しいご朱印帳を友人に贈り、初めのページに玉置神社のご朱印が押されることになりました。

歩きだしてしばらくすると、友人Cは感慨深げに話をし始めました。
午前中に本宮大社で新しいご朱印帳を買い、ご朱印してもらったけれど、私と同じように彼女もその神社にはやや疑問を感じ、違うよなぁと思いながらもご朱印してもらったとのこと。私は知りませんでしたが、ご朱印帳の1ページ目は大切だそうで、結局、彼女の手元のご朱印帳は玉置神社が1ページ目になり、これで良かったのだろう・・と。

そして、前日訪れた、素晴らしく気持ちの良い瀧原宮でご朱印帳を買おうとしたら、ないと言われて、和紙に押してもらった。不思議なんだけど、それは鞄に入れたままで、なくなったご朱印帳にははさんでいなかったんだよね・・・とのことでした。

う~ん・・。やっぱり、神様はいる。
こういう形で見せてくれるのだと、私たち全員、とても感慨深かったです。

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