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2009年7月

2009年7月31日 (金)

アンダラアクセサリーいろいろ

お客さんよりアンダラをいくつか預かり、アクセサリーに仕上げました。

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まず紹介するのは、ローズピンクアンダラのネックレス。いつも思いますが、ピンクアンダラは砂糖菓子のようですね。

天然石を付けて欲しいと希望がありましたので、淡水パール、シトリン、チェリークォーツを巻きつけました。

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次は私も初挑戦でドキドキしましたが、ルミネッセントのピアスです。細いですが頑丈なステンレスワイヤーで作りました。

向かって右側のルミさんには虹が入っているので、それが表に見えるようにしました。

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ルミさんは、予備にもう一つ預かっており、それもネックレスに仕上げました。

右側のタンブルは、インドネシアピンクです。こちらは、カイアナイト、アメジスト、アメトリン、ピンクオパールを巻きつけました。

 

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2009年7月30日 (木)

グリーンアンダラのネックレス

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鮮やかなグリーンアンダラをお客さんより預かり、ネックレスに仕上げました。ユニークな形でしたが、ワイヤーでなんとか対応可能です。

アンダラをお預かりして1か月くらいお待たせしますが、とても気に入って下さったそうで、その声を聞くと、いつもホッとします

 

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2009年7月28日 (火)

男の人のはなし

昨夜だんなさんと一緒に、たけしのTVタックルを少し見た時のこと。

番組が20周年を迎えたそうで、過去の名場面など少し紹介され、「鼻の下が伸びた○○議員」と紹介されたVTRを見ました。

その議員さんが女性パネリストから言われた言葉が嬉しくて、にやけて笑った様子が映っていたのですが、本当に鼻の下が伸びて見えたので、これにはだんなさんも私も大爆笑

だんなさんは笑いながら「ほんとこれだからさ、男はバカだって言われるんだよな」なんて言っていました。

確かにね。男の人って、なんだかんだ強がっても、女に弱いところがあるよね。

私は小学生の頃、男の人は強くて怖いというイメージを勝手に持っていました。

私の父親はあまり怒る人ではなかったけれど、私や妹を叱っていた時、殴るつもりもないのに拳を上げるのを見ると、それで十分怖かったです。そんなイメージを、私は結構長く持っていました。

それが、就職していろんな男性を見るようになるとだんだん変わり、だんなさんと付き合うと、この人は非常にオープンハートな人で、いろんな面を見せてくれ、その都度私は大いに驚きましたが。

結婚したら男心をじっくり観察することができ、それは今でもとても興味深く面白いのですが、お陰で、昔私が持っていた「男の人は強くて怖い」イメージが見事に崩れました。

それでもね。そうは言っても、女性ならではのことが数多くあるように、男性ならではのことも多いものです。

今日は鳴海でビーズ教室でしたが、ここの場所では初めて、男性が教室に参加されました。

事前にメールやりとりしていた時から誠実な人だと感じてましたが、アクセサリーに興味を持つなら、ひょっとしたらおネエかも と楽しく妄想していました。

近頃は大人みたいな子供もいれば、子供みたいな大人もいるし、男性みたいな女性もいれば、女性みたいな男性もいて、ビーズ教室は誰でも大歓迎ですが、いらっしゃったのは真面目で誠実そうな方でした。

今日改めて気がついたのは、やはり男性が作るものは作風が潔く、さっぱりしているなぁということでした。

ピンやワイヤーを使う時は工具を使いますが、かつてプラモデルなどで工具を使っていると、工具が手になじんでいるのがよくわかります。こちらの教えることの飲み込みも、早いです。

で、帰宅してしばらくした後、天気ニュースを見たくてNHKをつけっぱなしにしていたら、「SONGS」の再放送がありました。吉川晃司でした。今年でデビュー25周年だそうです。

彼がデビューした当時のことは、よく覚えています。すごい新人が出てきた、と思ったものです。

でも、あの頃は彼のことを、生意気な若造みたいに思っていました。その後、歌がいくつもヒットしたのは知っているけれど、興味がないので、あまり聞いてませんでした。

今年私は大河ドラマ「天地人」を見てますが、織田信長を吉川晃司が演じ、なかなか信長らしい様子で私の中では好印象だったので、彼を見る目がちょっと変化してました。

なので、SONGS再放送をそのまま見たのですが。それが、思いがけず引き込まれ、結局最後までしっかり見ました。

この人、顔もだいぶ変わったけれど、声がすごく変わった。酒も相当飲んできただろうけど、歌い込んだ良い声をしてる。

私も今までいろいろあったけれど、この人も実にいろんなことがあったのだろうな。それを、彼の声から感じました。

歌う様子を見て、またビックリ。体のラインは若々しいままのことも、歌いながら時々踊る時は手の指先までとてもキマッていることも、努力を持続しただろうとすぐ想像できました。

カメラを見る視線はセクシーで、この人って相当遊んできただろう。だけど、彼の場合は、それが彼の芸と魅力に役立っているのがよくわかりました。

彼自身のトークで、若いころは無茶もして、多くの人を傷つけもしたけど、デビューした後から音楽を猛烈に勉強したこと、今も自分にないものを得ようとする貪欲な様子が伝わって。

それらから男らしい推進力を感じて、いいなぁ と思いました。

 

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2009年7月26日 (日)

眠い日々

私は夜寝るのが遅いので、昼間の変な時間に爆睡することがちょくちょくありますが、先週はアクセサリーも作ったけれど、毎日とても眠くて、時間を見つけては寝ていました。

昨日と今日も、どうしてこんなに眠れるのだろうと自分でも思うほど、昼も夜もよく寝ました。

6月からずっとドタバタしていたのが一段落ついたことや、このところ夜よく目が覚めるので(暑さや、蚊にさされて)昼間眠いのもあると思うけれど。

不眠の悩みや、寝る時間がない悩みに比べたら、贅沢な状況でしょう。

先週、ちょっとショックだったのは、22日の皆既日食の時、こちらは曇り空だったけど、テレビで各地の生中継を見ようと楽しみにしていたのに、朝9時40分頃にちょっと横になったつもりが、はっと気付いた時は11時半だったことでした

 

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2009年7月24日 (金)

レモンマートルのハーブティー

火曜から木曜まで、アクセサリー制作に集中していました。部屋の机にじっくり座るのが久しぶりだったので、火曜は新鮮な気持ちになりました

今日は、ビーズ屋にも行きたかったので栄へ。時々夏のセール品を見ながら地下街をプラプラ歩き、三越ラシックのコスメキッチンに行きました。

去年買ったレモンマートルのお茶が欲しかったからです。

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今まで、ハーブティーは時々買ってみても、再度買いたいと思うものはあまりなかったです。

説明書きにある効能をいまひとつ実感できなかったり、野性的な味に親しめなかったからです。

でも、このレモンマートルは、一口飲んだら「夏に飲めば夏バテ防止に、冬に飲めば風邪引き防止に」のキャッチコピーも納得の味で、私はすぐに好きになりました。

お湯を注いで、2回は美味しく飲めます。でも、今日応対してくれたお姉さんは4回も飲めるって言ってたな~?出がらしの茶葉は、乾燥させて下駄箱に置いたり、お風呂で香りも楽しめるそうです。

夕方帰宅した時、電車に揺られて眠かったです。早速、レモンマートルにお湯を注いで飲んだら、独特の渋みで口の中がさっぱりし、美味しかったですが、眠気が引いたのがわかりました。

眠気が引くとは、今まで気づきませんでした。

 

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2009年7月20日 (月)

三連休はよく眠り休憩

先週は霧島に行ったことを記事にするのに集中しましたが、それ以外の時間も、光の柱関連でネット検索して調べたり、やりとりなどにだいぶ集中しました。

今日でようやく、一段落つきました。

霧島は、観察したことがみな興味深かったので、細かいことまで長々と報告しましたが、あれだけ記事にするにはかなり時間がかかるため、次回からはもう少し省略しようと思いました(^_^;)。

この三連休は、だんなさんと買い物に行った他は、よく眠り休憩しました。今週は、アクセサリー制作に集中します

2009年7月15日 (水)

光の柱プロジェクト・その9

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今、この画像を見て気がつきましたが、「古宮跡」ではなくて「古宮址」でした。みなさん、大変失礼しましたm(__)m。

私は本当に、ドジでおっちょこちょいです。今回一緒に行った愛知メンバーは、私のドジぶりをいくつも見て、笑撃的だったみたいです。

「ブログを読んでるだけでは、わからなかった 」と、何度も嬉しそうに笑っていました。

ウフフ。まぁいいです。

古宮址に行くまで、私達は何をやるのか知らされていなかったので、緊張していたメンバーもいたと思います。今振り返ると、その緊張をほぐすのに良かったのでは。

さて、私達は高千穂峰の登山口駐車場に到着しました。駐車場すぐそばに、霧島神宮古宮址の参道入り口があるのです。

車から降りると院長は、「ここに来るまでに、霧島という土地全体を見させられたね」と言っていました。ブログを読まれている方は、なんて呑気なことをと思われるかもですが、それもアリだなと思いました。

多分。霧島という土地を体感することと、一般観光客とかち合わないための時間調整と、雨・風・霧を使っての祓い清めもしていたように思います。

参道は500メートル程のゆるやかな登り坂です。歩き始めた時は小雨が降っていたので、傘をさしていきましたが、登り切る頃にはやみました。

ゆるやかとは言っても、登り坂です。一番年上の院長が「こういう坂は、勢いよくザッザッと登るのがいいんだ」と言って元気よく歩くので、私もそうしてみました。

ほぼ登りきったところで、後ろを振り向いて写真を撮りました。

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入口を歩き始めた時にはなかった霧が、後ろに立ち込めていました。前方に古宮址が見えてきました。

この頃には、私達の言葉数は少なくなり、それぞれが辺りの様子を味わっていました。

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響き渡るのは、カッコウの声だけ。澄んだ空気。少し緊張を感じて、自然と背筋が伸びます。そして、風が私達の後ろを押していました。

坂を登りきったところで院長が、「ここまで誰も息を切らさず、登れたね」と言いました。その時は、その言葉に特に何も思いませんでしたが、あとで一般観光客とすれ違った時、私はハッとすることに。

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神籬斎場入口に建つ鳥居をくぐると、古代の様式がそのまま残っていると思われる斎場が。

そこで私達は、横一列に並びました。私達はその日までいつも、「真っ白な心で来なさい」と言われていました。私は何も考えず、かすかな緊張を感じるだけでした。

その後は、しーちゃんの指示に従っていくつかのことを行いました。ますます濃い霧が私達を包みました。言葉を交わすことはほとんどなかったので、五感でいろんなことを感じました。

カッコウやカラスの鳴き声、名前を知らない鳥の声、私の住んでいる地域では聞いたことのない虫の音、濃い霧が運ぶ冷気、実に心地良い風。

私達が行ったことをひとつだけ書くと、一人ずつ前に出て挨拶をしたのですが、4回手を打つようにと言われました。霧島神宮で耳にしたのと同じやり方でした。

この時、もしも一般観光客が訪れたなら、おそらく私達は動揺したでしょうが、私はそういうことは一切ないと確信していました。実際、ことが終わるまで、誰も来ませんでした。

光の柱と言うのは、目にはっきり見えるものではありませんでした。

私は目を閉じて立っていた時、電柱みたいな柱が下から立って、私の下っ腹を突きぬけて上にそびえるのを感じましたが、なぜ体ではなく腹だけでそう感じたのか。

よくわかりませんが、柱を感じられて良かったです。

日常生活では全く味わうことのない、なんとも不思議な時間でした。

全てが終わると、緊張も解け、誰からともなく、わぁーっと感嘆の声が出ました。空には太陽がパァーッと現れ、私達を照りつけました。

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その時の気温の暑いことと言ったら

さっきまで私達は、冬のようなひんやり感を感じていたのに。大げさな言い方でなく、短い時間内で四季を過ごしたようでした。

嬉しかったので、また私は太陽にカメラを向けて写真を撮ったら、

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私は太陽を撮るのが好きで、思いつくとカメラを太陽に向け、このブログでも何枚も載せてきました。

それらとは、雰囲気の違う写真が撮れました。何枚か撮りましたが、どれもこんなふうでした。

その後すぐ、下からガヤガヤとした声が。バス旅行の団体さんが来ました。入れ替わるように、私達は帰ることに。

そうか。ここは普通に観光地なんだ。ここまで私達は、神さまのはからいで「人払い」されていたのだろう。

バスガイドらしい女性が大勢を目の前に「はい、それではガイドいたします~」というような声を出した、その時です。

神籬斎場を振り向くと、さっきまでの神々しい雰囲気は一切なくなり、見えない壁を上から降ろし、「一観光地」に変わったのがわかりました。これは私だけでなく、みなそう感じました。

おじいちゃん・おばあちゃんの多い団体さんでしたが、たまたま若い女の子二人組とすれ違いました。

片方の女の子が「あ~、疲れたよねぇ」と話していたのです。まだ20代前半だろうに、坂道登って疲れただなんて、私達は全然平気だったわよと思ったのですが。

ん?さっき私達は後ろから押されるように楽に登っていた。でも、女の子達は本当にだるそうな様子だし、本来は、疲れる坂道かもしれない。

帰りの下りの坂道は、どう下ったのか思い出せないほど、私達がそれまで体験したことをしゃべり続けました。

・・・とまぁ、こういう旅内容でした。

さて、お知らせですが、愛知組の一人が家庭の事情により、他の人に代わることになりました。

今後も引き続き、私達が行動したあとはここでみなさんに報告します。応援下さるみなさん、今後もよろしくお願いいたします。

この光の柱プロジェクトは、華やかな表舞台ではなく、裏街道を行くようなもの。以前も綴ったけれど、それで良いです。最後まで、やり遂げます。

 

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2009年7月14日 (火)

光の柱プロジェクト・その8

霧島神宮勅使殿より少し手前で私達はしばらく立ち止まりました。本殿から、熱を感じるのです。例えると、境内の周りに巨大な熱いボールが包んでいて、そのボールに触れて熱い感じでした。

勅使殿へゆっくり進み、なんとなく横2列に並び、挨拶しました。

私は普段通り、2拝2柏手をしましたが、少し離れたところで、誰かが4回柏手を打っている音が聞こえました。これは初めて聞くけれど、この辺りでは4回が普通なのかしら。

そう思いながら、目を閉じ、手を合わせ、いつものようにここに来られたことへ感謝の挨拶をしていると、

(よう参られた)

そう聞こえた気がしました。この後、本殿後ろから幻想的な霧が立ち込めました。とてもきれいで、しばらく見とれていたので、写真を撮るのを忘れました。

それまでは、雨が上がったものの、曇り空でしたが、急に晴れてきました。

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太陽が出てきたのが嬉しかったので、カメラを太陽に向け、何枚か撮りました。太陽にカメラを向けるだけで、とてもまぶしいので、いつも適当にシャッターを切ります。この時撮ったのは、

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雲がかかっていたせいか、どれもこんなふうに写っていました。写っている木はしーちゃんのブログに載っていた、この神社のご神木です。

ここではあまり長居はしないで、いよいよ古宮跡を目指しました。院長達は行ったことがあるけれど、レンタカーのナビで場所指定をし、私達が先に行くことになりました。

住所を入力したところ、細かい番地の住所まで設定できませんでした。

それでも、なぜか3キロ先くらいを目的地で設定したので、なんだ近いのねと安心しつつも、(確か、ネットの地図で見た時は、古宮跡はもっと遠くだった気がするけどな~?)と、一抹の不安があったのですが。

不安はすぐに、現実になりました。あとで聞いたら、霧島神宮を出て、大きな道路に出たところで左折しないといけないのに、ナビは右折と出ていたので私は右折して。

道が違うと気づいた院長はしばらく右折せずに停まっていたのですが、私達が気付かないので、そのままこちらについてきたのです。

ナビが設定した目的地にはすぐ到着しました。でも、ここじゃないとすぐわかったので、車を停め、院長に事情を説明すると「じゃ、僕が先導するからついて来て」と言うのでついていきましたが。

来た道に戻らず、そのまま知らない道を進んでしまったのです。結局、私達はかなり大回りして、最終的には古宮跡に到着しました。

私は、その大回りしている間が、なんとも言い難い不思議な時間でした。

山道はさらに険しくなります。急勾配が増え、カーブはきつくなる。

勾配のきついヘアピンカーブを曲がった時は、私、よく運転できてると思いましたが、私が難なく運転できたのは、前後に他の車がいないし、狭い山道で対向車に1台もあわなかったからです。

どうしてこんなに車が通らないのだろう。ここは地元の人も通らないのだろうか。けれど、それは違いました。奥へどんどん進むと、いくつか温泉街に出たのです。

霧島温泉は、マンションみたいな立派なホテルが並んでいました。温泉の白い湯けむりがモクモク上がる様子と、硫黄のにおい。その時だけ、ちょっと観光気分でした。

あとは、きつい山道と雨続き。しかも、時折真っ白な霧に囲まれました。霧。これが、霧島の名の由来になったのだろうか。

霧の時だけは、院長の車を追いかけるのに必死でした。カーブで院長の車が全く見えなくなると、「待ってーーー!」と叫びました。

それから、時々滝を見ました。いくつもです。カーブを曲がったところで、見事な滝を見つけると、思わずみんなで感嘆の声を上げました。

また、霧に囲まれた。それでも、怖くはなかったです。怖いというよりは、私は畏れ多い気持ちでした。私達は多分、時間調整をさせられているのだ。

私達がベストタイミングで古宮跡に到着できるよう、大回りさせられているのだろう。途中、院長の車がゆっくり停車しました。なんだろう。

よくわからないでいたら、他のみんなが、あっ、鹿だ!と騒ぎ始めました。

左側が土手で、右側が林になっていたので、私も慌てて、右側の林を目で追いましたが、わかりませんでした。見られなくて、ちょっと残念でした。

あとで院長達に聞いたところ、そのもう少し手前の土手で、小さい鹿が2頭、草を食んでいたそうです。

そして少し進んだところで、お腹の大きい雌鹿が、道路の真ん中に立ち、きょとんとこちらを向いていたのだそう。野生の鹿は、人間を警戒するはずなのに。

かなり大きかったので、院長は角のない雄鹿かと思ったとのこと。鹿はゆっくり林へ向かったそうです。

道路と林の間には、ガードレールがあるので、それを飛び越えていくかと思ったら、ガードレールの下をくぐって林に抜けたそうです。

ガードレールの下?そう、実は鹿は小さかったそうなのです。どうも、私達には大きな姿を見せていたようです。

鹿が神様のお使いだと言うのは、昔話だけの話ではないでしょう。この時現れた鹿は、私達を歓迎する印だったと思います。

古宮跡は、そこからまもなくでした。

 

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光の柱プロジェクト・その7

しーちゃんも昨日、霧島のことをざっと綴って掲載したけれど、私は目的地での出来事も印象深かったけれど、目的地に行くまでがすごく印象深かったので、それをメインに綴ろうと思います。

ところで。先日、あるお客さんと会話していた時、しーちゃんのブログでは私のことを寺本さんと書いていて。

私のブログでは静香さんのことをしーちゃんと書いているので、私の方が年上ですかと言われました。実際は、私の方が年下です。

しーちゃんは私をあるニックネームで呼んでいて、そのニックネームだと、私が彼女をしーちゃんと呼んでちょうど釣り合い取れる具合です。私はこのまま、しーちゃんと呼ぶことにします

さて。私は未来予知が得意です。ごく簡単なものしかキャッチしませんが、それでも、あればあったで大変参考になります。

霧島の地に行くということは、前々から聞いていましたが、はっきりここだとわかったのは、比較的最近のことでした。

初めて霧島と聞いた時は、目的地は霧島神宮だと思いました。でも、いざネットで霧島神宮を調べてみると、確かに天孫降臨のニニギノミコトを祀る素晴らしい神社だとわかりましたが、どうも違う気がしました。

そこで、もう少し調べたら、かつて霧島神宮は別の場所にあり、それが霧島神宮古宮跡として今もあるのを知り、ここだ、ここと胸が高鳴りました。

しーちゃんに知らせると、彼女もピッと感じたものがあったようで、本当だ、きっとここだねと、2人で大騒ぎしました。

その勢いで、私は院長にも電話してみると、「霧島と聞いた時から、僕たちは古宮跡だと思ってたよ」と、あっさり言われて拍子抜けしました。

場所が確定してしばらく後、私は11日に意識を合わせました。すると、見えてきたものが3つありました。

<1つ目>古宮跡にある平たい大きな岩の前で、私達が横に1列に並んでいる様子。天気は快晴です。

そういう様子がビジョンで見えました(ビジョン・・・私は目と目の間の眉間あたりに、映像が思い浮かびます)。

<2つ目>鹿児島空港で合流し、目的地へ移動するけれど、この日は小さなハプニングがたくさん起きると思う。

それらにいちいち反応しないで、落ち着いて行動すること。それが大事。

<3つ目>見えたと言うより、感じたこと。時間に余裕がないので、タイムキーパーにでもなったつもりで、時間に気をつけること。

で、迎えた当日は・・・ 本当に、ハプニングがいっぱいでした。

道を間違え、大回りしたことで、たっぷりあったはずの時間もギリギリでした。飛行場のレストランで遅い昼食を取り、愛知組の飛行機の時間に間に合いました。

時間厳守でない、ローカル飛行場で良かったです。

鹿児島へは、愛知と千葉メンバーは飛行機で向かいました。院長達は車で駆けつけました。この合流時間から、遅れました。

愛知と千葉の飛行機は両方とも離陸が少し遅れたのですが、この日は朝から九州各地で大雨が降り、院長達は高速道路で大雨のため一時足止めされたのです。

予想はしていたけれど、鹿児島に到着すると、時折強い雨も降る空模様でした。でも、古宮跡では雨は降らないだろうと、強い確信がありました。

雨は、清めの雨だと思ったからです。私達はこれから、何をするのかわかっていないけれど、大切な儀式のようなものを行う。

これから古宮跡まで移動する時は、ジャカジャカ雨が降るだろうけど、目的地に到着すれば、バシッと雨は上がるだろう。

空港そばのレンタカー会社では、私がネット予約していたので、窓口で手続きしました。

私は、ヴィッツかマーチのつもりで、Sクラスの車の予約をしたのですが、実際に提供されたのは、日産ティーダでした。

え~!ちょっと大きいな。少しドキドキしました。運転してみると車幅が広くて(私の車は軽自動車)、さらにドキドキしましたが、不思議とすぐにスーッと落ち着いて良かったです。

空港駐車場に移動し、しばらくして千葉組が到着し、院長達とも合流できました。そして、なぜか院長は、霧島神宮へ行くと言うのです。

え?事前に聞いていませんでしたが、空港から霧島神宮へは車で40分くらい、古宮跡はさらにその先なので、まぁ確かに、今の霧島神宮で挨拶してから行くのも良いだろうと思いました。

さぁ、いざ出発です。駐車料金が100円という安さに感激し、院長の車の後ろに私の運転する車がついていきましたが、料金所で院長達がなにやらもたついている様子。

あとで聞いたら、駐車券が見つからずあちこち探していたそうです。(本当に、ハプニング続出だわ・・)と、気を引き締めました。それで腹が据わったのか、運転はさらにスムーズになりました。

私は全く分かっていなかったけれど、鹿児島空港の場所自体が山の上でした。

空港周りは整備された道路だったけれど、すぐにカーブと坂道ばかりの山道になりました。このまま、霧島神宮まで山道でした。

時折、叩きつけるような強い雨が降ったかと思えば、すぐに小雨に変わり、上がるのかなと思っていると、また強い雨。その繰り返し。

道路には大きな水たまりができている箇所が、いくつもありました。

道路沿いの家の前には、側溝があるのだけど、側溝で流しきれない雨水が道路にあふれ、だくだく流れているのをいくつも通り過ぎました。

その頃から、妙だなと気づいたことがありました。何か、変だ。

この雨の降り方もヘンだけど、私達の前後に、他の車がつけたかと思うと、すぐにどこかに曲がっていなくなる。

雨だから、外出する人が少ないせいだろうか。他の車が避けられている気がする。この後もずっと、私達の前後に車は来ませんでした。

私は免許を取って10年経つけど、山道を運転したことがほとんどない。こんな道、慣れない車で運転していたら、普段の私なら、もっとすごく緊張するはずだ。なのに、全く緊張しないなんて、変だな。

私の車には、愛知と千葉メンバーがいました。蒸し暑く湿気もひどいので、車内はクーラーを効かせてましたが、そのうち各自が体に熱感を感じ出しました。何かを感知したのでしょう。

そう言われると、私も背中が妙に熱かったです。多分どなたかが私が落ち着いて運転できるよう守って下さっているのだと思うことにしました。

そのうち、院長の運転がおかしいことに気がつきました。私は今まで、院長の運転で九州各地に行ったことがあります。

道をよく知っている様子で、いつも運転に迷いがありませんでした。また、スタッフのAさんもいつも一緒でしたが、Aさんも道に詳しいです。

なのに、その時目の前を走っていた院長は、時折減速して道を確かめるようだったり、たまにスモールライトをつけっぱなしにしていました。

それでも、ようやく霧島神宮に到着したようで、売店が並ぶ駐車場で車を停めました。

車から私達が降りると、パァーッ と見事に太陽が顔を出しました。さっきまで小雨が降っていたのに。鹿児島に到着してから一度も太陽の光を見ておらず、降りた途端にこうとは、畏れ多い気持ちでした。

その後も、私達が車から降りると、雨は必ず上がってくれました。それ以外は、小雨、普通の雨、時折強い雨の繰り返しでした。

ところが、そこはまだ霧島神宮ではないと院長は言うのです。そして、院長は近くに停まっていたタクシーまで歩き、道を聞いていました。そこからしばらく走って、ようやく霧島神宮に到着できたのですが。

神社の境内を歩きだすと、院長の車に乗っていた愛知メンバーが、院長が「天狗に挨拶しなかったのがいけなかったかなぁ。今日は、猿田彦さんの調子が悪い」と言っていたと教えてくれました。

なんですと?

そんな意味不明なことを言っていたとは。詳しく聞かなくちゃ。院長をつかまえて問いただしましたが、返ってくる答えも意味不明でした。いかん。院長の意識が、どこかに行ってる。

院長みたいな感覚を持ってる人はおかしくなるのかもしれないな。それも仕方ないか、と私は一人で勝手に納得しました。

。 。 。豆知識  。 。 。

猿田彦命は、天孫降臨のときこの地方にいた国神で、ニニギノミコトが高天原から天の八重雲を押し分け押し分けして、お降りになるとき途中までお迎えに行き、道案内(観光案内)をした神様であるといわれます。
霧島市公式ホームページより)

 

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2009年7月13日 (月)

光の柱プロジェクト・その6

霧島のことを綴る前に。毎日ドタバタするようになり、日帰りで鹿児島に行ってくるなど、普通の感覚で考えたら「ありえん」ことをしていますが、我が家は平和な毎日です。

特に問題なく、私が光の柱に集中しているのを、私のだんなさんのことを紹介しながら綴ろうと思います。

私を前から知っている方はご存じだと思いますが、私のだんなさんは、目に見えないスピリチュアルなことに割と理解ある人です。

生まれ変わりという概念に抵抗がなく、私が好きで見ている「オーラの泉」も一緒に見て、二人で同じような感想を持ちます。

理数系の大学を出たけれど、物理学の授業で、原子核の周りに電子が回転する様子と、宇宙の銀河の星が同じく回転するのを知った時、

(ミクロとマクロの世界に共通するものがあるとは)と、宇宙の法則らしいものにジーンとしたという、ロマンティックな心を持った蟹座の人です。

また、だんなさんも私と同じく敏感体質で、「レイちゃんが憑く」のを感覚で理解する人です。

私が作った石のブレスレットは会社にはつけて行かないけれど、休日は必ずつけています。今の私の仕事を思うと、こういう人を夫に選んで、本当に助かっています。

でも、私の仕事のことは詳しくは知らないです。一度、出張して泊ったホテルでネット検索した時、私のサイトを見たそうで、「なんだか、怪しかったよ 」と笑いながら感想をくれたことがあります。

私が日頃体験していることは、細かいことは話していませんが、だんなさんに関することで私の予感が的中したことは、話しています。

そのあたり、疑うことなく素直に受け入れてくれるのも、本当にありがたいです。

しーちゃんのことは、しーちゃんと出会ってすぐに、だんなさんにざっと話していました。神妙な顔をしながらも、うなずいて受け入れてくれたようでした。

ですが、光の柱プロジェクトの概要をしーちゃんから聞いた時、どうやってだんなさんに話そうか、躊躇しました。光の柱を建てるって?龍というのをどう説明する?

そして、一番気がかりだったのは、これから年末にかけて、しーちゃんと私にお金が幾分かかることでした。そこを突かれたら、ちょっと痛いなと思っていましたが。

それでも、その後まもなくして、光の柱のことを大雑把に説明しました。
私「これから私は、光の柱を建てに行くので、よろしくね」
だ「光の柱って、何?」
私「(3秒くらい考えて)日本の人達の、真の幸せを祈る旅よ」

私自身も、具体的にはまだよくわかっていない頃でしたが、それでも、そういう説明で会話は終わりました。

先月20日、みなで我が家に集まりましたが、その日私のだんなさんは、月に一度の会社の人達と行くゴルフの日でした。なので私は気兼ねすることなく、我が家を開放しました。

夜、だんなさんが帰宅すると、院長達と愛知組のメンバーとも一緒に、近くの洋風居酒屋へ移り、楽しいひと時を過ごしました。

院長とだんなさんは、以前にも会っています。20日は、院長がだんなさんの隣に座り、上手に相手をしてくれ、これから行う光の柱についても、ざっと話してくれました。

その時も、特に反論する様子もなく、受け入れてくれたのを見て、ホッと一安心しました。

一昨日、今後かかるお金のことを私から少し話しました。これからお金が少しかかるけれど、私は違った形で返ってくると思っていると淡々と話すと、それで特に問題ありませんでした。

お金というのは、目に見えるエネルギーの流れだと思います。小さい商売ですが、私自身個人で仕事をしていると、しみじみそう感じます。

例えば。数年前までの私は、普段扱わない、高価な天然石ビーズで素敵なものを見つけてしまった時、手に入れようかどうしようか、ドキドキしながら考えました。

欲しい。きっとこれは、お客さんにも人気が出るだろう。そう思う反面、在庫で残ってしまったら、痛いな。どうしようかな。

でも、やはり良いものは良いとわかるし、最終的には直感で判断し、エイッと買っていました。

結局、そういうものはみな、多少高くても、羽根が生えたみたいにいつもあっという間に在庫がはけていきました。

そうか。商売というのは、多少高くても、まず自分から外に向けてお金を回すことがコツなんだ。これは、会社勤めしている頃には、全くわからないことでした。

良いものを扱い、それを購入したお客さんがすごく満足すると、私への信頼度が上がり、結果、別の形で良いものを受け取るという、良い循環ができるのもわかりました。

多少高価でも、良いものを扱うということは、私の目が試される非常に良い機会なのだとわかってからは、ドキドキはほとんどなくなりました。

で、光の柱でかかるお金も、実は私は全く心配していなくて、何かの形で返ってくるとお腹で感じています。お腹で感じるというのは妙な表現ですが、直感で強くそう感じて私の思いは揺るがない、というふうです。

私とだんなさんは、隠しごとはなく、いつもお互いオープンに話しているので、私のお金に関する実体験も、今まで時々話していて、その積み重ねがあるからこそ、だんなさんは私の話すことに突っ込まなかったと思います。

あとは、普段の信頼関係でしょう。家のことをやり、だんなさんの家のお墓参りも私が率先しているし、だんなさんの親類とのつき合いも私なりに頑張っています。

だから、ちょっと突拍子もないことでも、すんなり受け入れてくれると思います。

なのでね。龍メンバーのご主人のみなさま方も、もしも妻の突拍子もない行動を知ったとしても、普段奥さんがきちんとしているのであれば、あまり目くじら立てないで頂きたいと思います。

ちなみに、一昨日の土曜もまた、だんなさんは月に一度の会社の人達とのゴルフでした。私のことはすっかり忘れ、ゴルフを楽しんだ様子でした。

こういうのも、ものすごくありがたいです。先月も今月も、だんなのゴルフDayに動けて。私達の後ろの、守護霊さんその他が動きに動いて、日程を調整して下さったのだろうと思います。

 

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2009年7月12日 (日)

霧島へ・・!

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瓦も葺かれた真っ赤な鳥居のある神社。ここは一体、どこでしょう。

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木々に囲まれた参道を歩くと・・

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後ろの山々の緑に引き立てられた、赤の柱が見事に美しい本殿が見えてきました。

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昨日の土曜、愛知・千葉のメンバーと院長達とで鹿児島空港で合流し、向った先は鹿児島県の霧島神宮です。空港からはレンタカーで山道を走りました。

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神社に到着すると雨はあがり、幻想的な霧がしばらく本殿を包みました。この霧が多いせいなのか?手水場は苔で覆われていました。

先月20日に龍メンバーが我が家で集合しましたが、今後私達が何をするのかは、青龍のしーちゃんがメッセージを受け取っていました。

その後、10人が7人になるなど、内容の濃い3週間を過ごしながら、ある地に向かう準備をしていました。

私達がどこに行き、何をするのかは、事前にブログに書いてはいけないと龍神さまから言われていましたが、行った後は、そのことを綴って良いとのことでしたので、ようやく綴ることができます。

光の柱のことを応援下さっているみなさんへ。みなさんの応援下さる思いは、私達の強い守りとなって、初めの目的地・霧島の地へ、無事に行って帰ることができました。

「思いが守りになる」のは、本当です。特に、ブログを綴り、直接感想を頂いている私は、ダイレクトにそれを実感しました。みなさん、本当に、ありがとうございます。

愛知メンバーと福岡メンバーは日帰りで行きましたが、昨日はもう、夢のような幻想的な1日でした。

ただ、早朝起きて鹿児島に向かい、レンタカーで山道を延々と運転した私は、昨日帰宅すると、早々に眠りました。10時間ほど眠ったのですが、今日も午後から3時間眠り、ようやく頭がスッキリしてきました。

昨日の前日、金曜日にスーパーで買い物したら、

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合計金額が2,888円と、8が3つ並んで面白いなと思いました。

ドリーン女史による解説では、888は「人生のひとつの章が終わりを告げようとしています。作物は実っているので、収穫して楽しむのを先の延ばさないように」なのだそう。

昨日帰宅した時、だんなさんが駅まで迎えに来てくれ、そのままセルフのガソリンスタンドに行きました。一万円札を入れてガソリンを入れたのですが、

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入れたガソリンは46.66リットル、ガソリン代は5,553円、釣銭は4,447円と、4と5と6がそれぞれ3つ並んで、まぁビックリ

先ほどと同じく、444は「天使があなたを囲んでいて、愛と助力があることを保障しているので心配しないように」。

555は「大きな人生の変化がやってきます。心を静かにして自分自身を見つめるように」。

666は「物質的な世界に焦点をあてすぎず、天界と地上の間の思考のバランスをとるように」という解説でした。

昨日は、目には見えなかったけれど、様々なスピリット達の守護を受けました。私たちを取り巻く天候や状況から、とてもよくわかりました。

私達を守って下さった、様々な精霊のみなさまへ
改めて、心から感謝の思いを贈ります。
昨日は本当に、ありがとうございました。

なお、昨日の目的地は、霧島神宮よりさらに先の地でした。今日はとりあえずの報告と、画像を掲載しました。これからじっくり、記事で綴ります。

 

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2009年7月 9日 (木)

クリスタル販売ページ、更新しました

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もっと早く更新するはずが、遅くなりましたが、先ほどクリスタル販売ページを更新しました。またどうぞ、ご覧下さい。

画像は、抱き合っているアメジストとエレスチャル水晶です。「抱き合っている」というのがピッタリの様子です。なかなか珍しいと思います。

今回のクリスタル販売は、今日掲載した分で終了です。あと、小さいものがあり、それらはネックレスなどにして販売する予定です。それもホントは、もう少し早くするつもりでしたが、なかなか予定通りにはいきませんです。

 

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2009年7月 8日 (水)

加門七海さんの「怪のはなし」、他

先月からずっとドタバタし、土日もあまりのんびりしていないでいたら、身体がSOSを出してきました。

今月は月のあたまにビーズ教室が2回ありましたが、それが終わった昨日、ようやく一息つくことに。昨日はたくさんグッスリ眠りました。

ビーズ教室でお客さんといろいろ話したり、メールでいろんなやり取りするのはとても面白く、やりがいもありますが、ある程度そうやって時間を過ごすと、一人で時間を過ごしたくなります。

一人で過ごすやり方はいろいろあるけれど、私はこのところ、本を読めないでいたので、ずーっと本を読みたいと思っていました。

なので昨日は、本を読むことに。ちょうど、少し前に教室のお客さんが本を貸して下さったので、それを読みました。

加門七海さんの「怪のはなし」です。小説やエッセイを書いていらっしゃるようですが、私は加門さんの本を初めて読みました。

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これは加門さんの体験したことをそのまま書いた実話怪談で 、めちゃめちゃ面白かったですさっすがKさん、私の好みをよく知ってるわぁ

感心したのは、加門さんはこうして本を書けるほど多くの怪現象を体験しても、ひるむことなく、その原因を追及して考えを巡らしたり、資料や本をめくったり、調査行動をすることでした。

文字だから読めるけれど、映像として見えたらショックを受けそうなことも多く紹介されていますが、異形のものに対する加門さんの深い愛情があるお陰で、スイスイ読むことができました。

20の話が紹介されていますが、その中で特に面白かったのは、「神楽の話」と「友人の話」でした。

これからこの本を読まれる方もいるといけないので、内容は書きませんが、「神楽の話」は、かつては日本中がこういう地域だったはず。

多くの人間から敬愛をたっぷり受け、人間と共に歌や踊りを楽しんだ神様がいっぱいいたはず。その神様たちは今、どこでどうしているのだろう。

中には、寂しがっている神様たちもいっぱいいるだろう。そんな、日本の神々に思いをはせました。

それから、電車に乗るたびに読み、ようやく読み終えたのは、

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アマーリエさんという方の書いた「生きて意識ある地球はこうして生まれた」です。これは、アマゾンのカスタマーレビューを読んで、面白そうだと思い、買ったのですが。

う~ん?ここ200年くらいで急激に進んだ化学技術で凝り固まった頭を柔らかくし、発想を変えたい時、ものの見方を変えたい時には、この本が効果的なこともあると思います。

ですが、様々な情報の出所がないのでね。信憑性に欠けています。どこどこで発掘された遺跡がその証拠です、みたいな説明があればと思いました。

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クリアーアンダラのネックレス

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シーフォームではないですが、シュワシュワしたアンダラのネックレスです。クリアーかなと思います。クリソプレーズでチェーンをつなぎました。

去年からデスクライトの下で撮影するようになりましたが、アンダラは撮影しやすいです。

色のないアンダラは光をよく通すせいか、大抵きれいに撮れるので、撮るのも楽しいです。

 

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2009年7月 6日 (月)

妹が買ってくれた石

先月より、パソコンに座る時間は増えていないのに、受信するメールはやや多い状態が続いています。そのため、返信するのに1~2日かかる状態がずっと続いています。

おととい土曜と今日月曜は教室を行ったため、何かとドタバタし、返信が遅れています。明日より順次返信しますので、みなさまよろしくお願いしますm(__)m。

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さて。この写真は、私の妹から送られてきた写メです。

先月、用事があって妹がうちにやって来ました。そういえば忘れていたけれど、私の妹はなにげに石が好きで、今までも私からちょこちょこ買っていました。

「今、ちょうどネットで販売してるのよ」と、手元にある石を妹に見せたところ、「すごい!お姉ちゃんの石って、とってもキレイ!そこらの店で売ってるのと、全然違う!!」

普段はクールな妹が、多くの石を目の前にして、結構なテンションで驚いていました。

これまた忘れかけていましたが、私の妹は私と全然似ていないし、性格もだいぶ違うけれど、妹もわりと、レイちゃんに敏感体質でした。

石のエネルギーもなにげに感じ取るのです。普段は、私のやることに小姑みたいな感想をくれますが、いつも本音で言う妹がそのように言ってくれて、嬉しかったです。

良い石を感知するのはいいのだけど、ネットに出したらすぐ売れるだろう、良いシトリンを彼女は買って持ってってしまいました (-゛-メ) 。

帰宅後、今までに買ったものをコースターに並べたそうで、この写メを送ってくれました。

随分前に買ってくれた水晶が、懐かしい気がしました。エッグ形は、私が作った台座もそのままで、姉ちゃんは嬉しかったぞ

2009年7月 5日 (日)

ピンクアンダラのネックレス

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お客さんより預かったピンクアンダラをネックレスにしました。天然石を少し巻き付けました。

よく知っているお客さんなので、似合いそうなイメージで、クリソプレーズ、イエロージェイド、サンゴを使ったのですが、三色だんごみたいになりました

 

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2009年7月 4日 (土)

シフトクォーツのネックレス

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お客さんよりシフトクォーツという水晶を預かり、ワイヤーを巻いてネックレスに仕上げました。私は初めて拝見しましたが、鈴木美保子さんより取り寄せたものだそうです。

このシフトクォーツは、形状が一般的な水晶と違いました。この画像だとわかりにくいですが、小さい細かい結晶状のものがくっついていて、そこにうまい具合にワイヤーを引っ掛け、このように仕上げられました。

一般的な水晶は表面全体がツルツルし、細かい結晶状のものがないと、ワイヤーを巻くのも難しいです。

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2009年7月 3日 (金)

光の柱プロジェクト・その5

先月20日(土)に龍のメンバーが我が家で集合した後、10日あまりの間にいろいろなことがありました。

今日、しーちゃんのブログに綴られたので、私も少し綴ろうと思いますが、その後もしーちゃんと院長には毎日電話をし、他のメンバーともメールや電話でまめに連絡していました。

それでも、私のお役目、10人の龍をまとめることがなかなかできず、もどかしい思いをしたし、千葉と愛知は離れすぎていると何度も思いました。

過ぎてしまえば、まばたきしているたった数秒のうちに、6月が終わったようでした。数秒で終わった気もするけれど、何十年かを一気に過ごしたような気もして、妙な感じもします。

人数は10人から7人になりましたが、ようやく足並みが揃い、これで良しと思います。

一応、しーちゃんと私がブログで綴っているけれど、大々的に宣伝することもなく、これからひっそり行います。

しーちゃんと出会ってから、私のブログへのアクセス数はすごく増えたけれど、ネットを楽しんでいる人達の総数から比べたら、ごくわずかな数です。

それで良いです。ほとんど誰も知らないところで、私達がこそっと行動し、全て無事完了しますように。今はそのことに意識を向けています。

まもなく、ある地に向かいます。その地に行くには、交通機関を使うので、切符を手配しに旅行代理店に行きました。ドタバタしていると言いながら、昼間好きな時間にひょいっと行けるのが私だったので、私が行くことに。

他の用事の都合もあり、たまたま今月1日に切符を買おうと決めていましたが、人数が変更になり、気持ちが改まったところで、切符を買うことができました。

他の用事というのも、急に決まったことだったから、どなたか知らないけれど、このタイミングに導いて下さったなとしみじみ思いました。お金を払うと、腹に力が据わり、背筋がシャキーンとしました。

私はその地を、今回の人生で初めて訪れます。まず初めにその地だと知って、私は感慨深いものがありました。

今から書くことは、なかなか突き抜けているので、おとぎ話だと思って読んで下さい。

4年前、九州のほぼ真ん中に位置する幣立神宮に続けざまに2回行きました。2回目のあと、帰りの飛行機の中で私は一人、外を眺めるふりをして、ダーダー涙がこぼれて止まりませんでした

はるか昔、私は幣立を訪れたことがあり、万物和合を意味する何か(物質で例えると、青いゼリーのような感じ)をその地に埋めたような気がしました。

しばらく先の未来で、万物和合には程遠い、多くの戦が地上で起こるだろうことをわかっていながら、青いゼリーを地中深くに封じ込めたように感じました。それを思うと、しばらく涙が止まらなかったのです。

その後、私はあるビジョンを見ました。

何万年も昔?私は小さな丸い乗り物を一人で操縦し、どこかを飛んでいる図です。特徴的な形の山が、目印です。それを目指して飛んでいます。

私は当時、女性ですが、姿格好が今の地球人っぽくありません。肌の質感が違う感じです。固い何かに覆われているようです。SFな世界ですね。

どうも私は、地上の偵察をしているようです。その特徴的な山は、火山噴火をして、ようやくその姿になったらしいです。

私一人で、寂しくないのかなと思いますが、寂しいと言うよりは、少し緊張感があるふうです。任務で飛んでいるようです。

ビジョンはそれだけです。その前後のストーリーを是非見たいのですが、私が見るビジョンはいつも、ほんの一場面だけです。

そのビジョンを見てから私は、その山が一体どこなのだろうとずーっと思っていました。

それが去年末に、思いがけず知ることができました。偶然、テレビで目にした風景を見て、あっ、ここだ!とわかったのです。

その番組を私は、気合いを入れてみていたわけではなく、たまたまチャンネルを変えて流すように数分見ていただけでした。

撮影した位置が違えば、山の形は異なり、わからなかっただろうと思います。まもなく私達が向かうのは、私がビジョンで見た、その山に近い場所です。

私が見たビジョンを証明するものは、何もありません。クレイジーだと言えば、全くその通り。

でも。フッと感じる直感を活かす生き方をするようになり、ここまでやって来て、いつもうまくやってこれたと言うのが、私の正直な実感です。

しーちゃんと出会って、活躍する舞台がまた随分変わったけれど、光の柱に関しては、腹に強く、「大丈夫。必ずやれるし、是非やりなさい」と感じます。

 

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