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2009年9月

2009年9月27日 (日)

自然とのふれあい

先週まだセミが鳴いていましたが、もう終わりだと思います。それに代わって出てくるのが、コオロギなどの虫たちです。

我が家のすぐそばに小さい森があり、そこは社用地で人はほとんど入らないようで、鳥と昆虫にとって小さいながらも楽園です。

近頃は、日が暮れると虫の音の大合唱が聞こえます。時間によって歌い手(虫の種類)が入れ替わるようで、夜中でもずっと聞こえます。

私は、虫の音が大好きです。夜、ベランダに出ると、ワワワーーーンとアスファルトや建物に反響し、倍になったような大きな音が聞こえます。

音と言うより、「共鳴の固まり」みたいです。

無心になって、「共鳴の固まり」にじっと耳を傾けていると、自分も共鳴体の1つになり、一緒に響いているような錯覚がします。

ほんの短い時間でも、こうして無心で過ごす時間を生活の中でいくつか見つけて、日々、実践しています。

自然と触れ合う無心の時間は、小さな楽しみです。

歩いている時、通りがかった樹木や花に、心の中で(こんにちは)と話しかけるのも、私の楽しみです。

散歩の時間は、声をかける相手がいっぱいいるので、忙しいです。私は蝶が好きなので、暑い季節は蝶がヒラヒラよく飛んできて、嬉しいです。

こういうことをコツコツ積み重ねると。葉っぱや花が、私の目の前でゆっくりお辞儀するのは、その時風が吹いたからなのか、私への挨拶なのか、だんだんわかって楽しいです。

見えないものを見えないままにしているのは、人間だけ。こちらから語りかければ、自然はいろんなことを教えてくれます。

2009年9月25日 (金)

インドカレー

ここ数日、コメント欄でインドカレーの話題で盛り上がっていたら、久しぶりに食べたくなりました

たまたま今日、本町通りの問屋に行くことにしたので、帰りにプリンセスガーデンホテル1階にあるインド料理の店に行きました。

ここは、昼のランチは割とお得なのです。メニューが外に出ていたので、吸い寄せられるように店に行きました。

ところが。店に入る直前に気づいたのですが、独身の頃、友達と時々行っていた時は「インドヤ」という店名だったのに、いつのまにか「インダス」に変わっていました。

スタッフの方は代替わりしたよう。ネットで少し調べたら、もうだいぶ前に変わったようでした。

チキンカレーを頼みましたが、カレーとナン、チャイがとても美味しかったです。満足、満足 でした。

小さいサラダ、ヨーグルトもついて800円です。チキンは結構入っていました。ちょうど昼時で、近くで働いているらしいサラリーマンやOLで席は埋まっていました。

それにしても。かつては問屋街と言われた本町通り、私がここを通るようになって7年くらい?ですが。

飲食店がよく入れ変わったり、古いビルが壊されて新しいビルが建てられたりと、行くたびに風景が変わっています。

今日は、確か宝石を扱っていたビル入口に張り紙が貼ってあるのに気がづきました。

営業はしていなくて、張り紙を見に行ったら、破産手続きをしたので勝手にビルに入らないように、というような内容でした。

ランチの帰り道、丸栄を目印に歩いていたら、ダイエーがすっかり更地になっていました。そこだけ、空が広かったです。

すぐそばの明治屋ビルも老朽化のため立て直すと、少し前に新聞で読みました。愛知は求人が減り、景気の良い話はあまり聞かないけれど、街が変化しているのを見ると、まだマシなのだろうなと思います。

 

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2009年9月24日 (木)

ネットショッピングにて

インターネットではネットオークションで詐欺事件など時々ありますが、ネット販売しているところのほとんどが、まっとうな商売をしていると思います。

私は、名古屋で歩いて探しても見つけにくいものを探したり、仕事で使う様々なものをネットで購入しています。

つい最近、仕事で使うものを求めて、A社とB社のサイトでそれぞれ購入手続きしました。

A社は、おととしくらいに送料改定があり、送料が高くなったので、それ以降はほとんど買わなくなったのですが。ごくたまに、ここを利用しています。

B社は、私が長いことずーっと好きなところです。そこで扱っている品の質とイキイキした感じが、いつも変わらないです。

今回久しぶりにA社のサイトを見て、欲しいものをクリックしようとしたら、以前より扱い品目が減り、私の欲しいものがなくなっていることに気がつきました。

これまた、困るニャ。どうしても欲しいものだけチェックして、ネット上で会計手続きしましたが、その案内メールが来ませんでした。

数時間待っても来ないので、問い合わせメールを送信したところ、まもなく丁寧な返信が来ました。そして、理由はわからないのですが、先に送信されたはずの案内メールはあとで受信できました。

B社は、同じくネット上で会計手続きしたのですが、その後やはり案内メールが来ませんでした。

これがシルバーウィークの直前のことで、その時気づいて問い合わせすればよかったのですが、うっかり忘れてしまいました。

B社はシルバーウィークはカレンダー通り休業だったので、待ちに待ってようやく今日、問い合わせメールを送信したところ、こちらも丁寧な返信が来ました。

ちなみにB社は、以前から時々、こういうメール送受信のミスがあります(ずっと以前には、なかったのだけど)

問い合わせすればすぐ応じてくれるし、それ以外は不満もないので、とりあえず現状維持です。B社は、本店から離れた場所に店舗展開したり、発送業務が少し変更したので、内部がドタバタしているのかなと思います。

A社とB社の扱い品目や会社規模は全く違うので、単純に比べられないけれど。たまたま両方に問い合わせして、いろいろ比べてしまいました。

A社は、表向きは華やかなのだけど、送料の他にも改定事項がいくつかあり、売上不振と人員削減を思わせるのです。

B社は、着実にネットでの扱い品目が増えているし、実店舗も拡大し、サイトからも明るい様子が感じられます。

どの業界でも同じだけど、成功する側とそうでない側が、この頃ははっきり分かれるよね。ちょっとの違いの差の積み重ねで、こうなるよね。

これから、どうなるのかな。個人の私は、両社よりはるかに小さな商売しているけれど、私もネットでキラリと光っていたい。両方の様子を観察し、参考にしようと思います。

 

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2009年9月22日 (火)

直感を活かす時代へ

一昨日私は、ふと急に、小学生の頃のことを思い出していました。

うちの近所に、私より2歳年下のHちゃんという女の子が住んでいました。近所だったけど、通学団が別だったので、普段はあまり遊ぶことはなかったのですが。

ある土曜日の午後、遊ぶ約束はしていなかったですが、Hちゃんがうちにひょっこり現れて、「たかちゃん(私のこと)、遊ぼー」と遊びに来たことがありました。

私はちょっとビックリしつつも、Hちゃんがやって来たのは嬉しく、「うん、遊ぼう!」と返事して、妹たちと一緒に遊びましたが、そのことをリアルに思い出していました。

で、昨日のことです。甥っ子達は実家に来ると、ヨーカドーに行くのをいつもせがみます。おもちゃ売り場のカードゲームが楽しみらしいです。

昨日は私の母親が「1時間だけだよ」と孫たちに言い聞かせ、連れ出しました。

1時間と言っていたのに、帰りが遅かったので、どうしたのかと聞いたら、ヨーカドーでHちゃんのお母さんとばったり会い、しゃべってたら遅くなったと言うのです。

Hちゃんの近況を聞いて、そうかそうか~と思い、

「私、昨日、Hちゃんのこと思い出していたんだよ」と言ったら、私のだんなさんや妹夫婦が驚いて、「小雪の姉さんみたいだ」と言われました(19日でオーラの泉が終了し、総集編をやってましたが、それを見た方は意味がわかると思います )。

いや、私は小雪の姉さんほどはわからんよと、謙遜しましたが。こういうことは日常、よくあります。

以前メールやりとりしたお客さんのことがフッと思い浮かぶと、大体次の日にお客さんからメール頂きます。

アクセサリーを送ったお客さんが思い浮かび、無事に到着したかなと意識を向けると、そのお客さんがとても喜んでいる様子が温かい固まりでこちらに飛んでくるのを感じます。

数時間後、または次の日には、お客さんから喜びにあふれたメールを受信します。

私は子供の頃はおとなしく、ごく普通でした。

高校生くらいから直感が冴え始めましたが、大人になった頃には、たまに当たる直感を認めつつも、大半のことは気のせいだと片づけていました。

今振り返ると、いろいろ感知していたのに、その直感をないがしろにして、もったいないことをしていたと思います。

今の仕事を始める前から、ようやく自分の直感を認めるようになり、直感を活かしてお客さんにふさわしい石を選ぶようになりました。

自分の思い通りに事が運んだり、小さな願いが叶ったり、未来予知をしたり、日常のちょっとした予感が当たったりと、いろいろ便利なのです。

多くの人も同じように、直感を活用できたら、どんなに素晴らしいだろうと思います。

もしも、多くの人が直感を活かす毎日を過ごしたら。多分、その周りの人達も、直感が鋭くなると思います。

勘の鋭さは、伝播するのです。10+10=30に、30+10=60になったりするでしょう。

真実を見抜く人が増えるので、隠し事をしたり、嘘をつけなくなります。

隠れたところで、人を妬み、うらやみ、憎んでいた人は、それがテレパシーで全周囲にバレるので、初めはうろたえるでしょう。

こうなってくると、本音で生きざるを得なくなります

嘘をつく人が減り、妬み、うらみ、憎しみという想念が減ると、地球にとって、ものすごく快適な毎日になるでしょう。

人間の想念は、地球に大きな影響を与えているからです。

では、どうしたら直感が鋭くなるのか。これは、各自が自分と向き合い、自ら求めることがスタートだと思います。

まずは、「私には直感がない」という思い込みを外すことからでしょう。

「オーラの泉」が不本意ながら終了してしまい、とても残念ですが。

あの番組が終了したということは、これからは江原さんのような人に頼るのではなく、各自が自分の直感を開く時代だと思います。

自分の生きる日常生活で。普段の食事や掃除や仕事など、ひとつひとつを大切にこなしながら。

今の自分と向き合い、自分の意思や素直な感情を表に出しつつ。人をうらやむことなく、上から人を見下すことなく。

今、ここにいることに感謝しつつ。自分を活かしつつ、人を活かしつつ。

 

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2009年9月21日 (月)

今日は実家でバーベキュー

シルバーウィーク真っ只中ですが、みなさまいかがお過ごしですか。

私は、19日はビーズ教室&商業施設でアクセサリーの市場調査(流行の勉強も兼ね、雑貨屋や服屋を探検)、昨日は自宅でゆっくりし、今日は私の実家に妹ファミリーも集まり、バーベキューをしました。

三姉妹で成長した私には、甥っ子二人の成長の様子が面白いです。女の子と随分違うからですが、普段静かな実家は「まめ台風」が暴れてちょっと大変そうです。

バーベキューは、市の公共施設にあるバーベキュー場でいつもやります。屋根付きでいろいろ便利なので、天候の良い時期はいつも予約がいっぱい入るそう。

時間があるからゆっくりしていけと言いながら、あれも食べろこれも食べろと、網の上にいろいろ載せてくれ、風が強かったので火は勢いが出て、肉も野菜もすぐ焼けるので、落ち着いて食べられませんでした

美味しいハムとかお菓子などいつも買っておいてくれ、借りてる畑で作ったたくさんの野菜も一緒に、もってけもってけと、毎度たくさんのお土産を持たされて帰宅します。

たまに欲しくないものまで持たされるけど 、ありがたくもらっています。

それにしても、シルバーウィークとはうまいネーミングですね。春のゴールデンウィークと対称的だし、敬老の日を含んでいて、高齢者を表すシルバー(和製英語ですね)を連想します。

明日は、だんなさんの母方のばぁちゃん家を訪ねる予定です。そういえば私の両親も、じいちゃん・ばあちゃんぶりが板に付いたなぁと思いました。

お墓参りは行けないかもですが。ご先祖様、いつも見守って下さってありがとうございます 。私達、しっかりやっているのでご心配なく!

 

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2009年9月17日 (木)

好きなもの・嫌いなもの

去年だったか今年だったか、それまで気づいていなかったことに急に気づいて、ビックリしたことがあります。

私は子供の頃、嫌いな食べ物がいくつもありました。出前一丁やサッポロ一番(父親が麺類が好きで、母親がよく作ったのですけど、あまりによく食べ嫌いになった☆)、イカの刺身(ゴムホースを食べているよう)、甘エビ(一度食べて、大嫌いに)。

とろろ芋(子供の頃はネバネバ系が嫌い)、納豆(あのにおいで、食べる気が全く起きなかった)、母親の作るちらし寿司(永谷園のすし太郎から好きになった)、等々です。

大人になるとだいぶ食べられるようになりました。結婚してからは、だんなさんが納豆好きだったので納豆を勧められ、食べてみたら美味しく感じるようになっていました。

もう今ではネバネバ系は全く平気になり、ラーメンも食べられるし、甘エビやイカの刺身は、新鮮なものはとても美味しいのがわかりました。

食べ物の好き嫌いの多い人は、人間関係でも好き嫌いが多くて苦労すると、30代になってからだったか?耳にしました。自分を振り返っても、まさしくそれが当てはまっています。

10代までは人の好き嫌いがかなりあったけれど、会社に勤めるようになったらそうも言ってられなくて、嫌いな人とのつき合い方を自分なりに工夫し、苦手な人は少なくなりました。

それはそれで、良いのですけど、ある日私は、「嫌いな食べ物はほとんどなくなったけれど、私は何が好きだろう?」と考えた時・・

突出して好きな食べ物が、ないことに気づいたのです。

甘いお菓子はあまり好きではない。ショートケーキは1つ食べるのが精一杯、2個以上は無理。

お酒は好きだけど、どれも同じように好きで、量は飲めない。野菜もみな同じように好き。

肉は美味しいとは思うけどあまり執着がなく、魚はまぁ好きだけど毎日食べたいほど好きでもない。

果物は美味しいけど、それほど食べたいと思わない。

客観的に自分の嗜好を観察して、気づいたのですが。今の私は、「好きな食べ物は何ですか」と聞かれた時、答えにすごく困るなと思いました

子供の頃は、「五目ご飯とミカン」と答えてましたが、当時はそれが突出して好きだったからです。夕食が五目ご飯だと、普段の5倍くらい幸せでした。

ミカンは、中学生の頃、多い時で1日15個くらい食べてました。実家の町はミカン農家が多く、安くたくさん買っていた環境も影響していたと思います。

そこから、他のことも考えてみたら、やはり私は、突出して好きなものが少ないかもしれないと気づきました。

世の中にはたくさんの歌手や音楽グループがいるけれど、10代の頃から私は特に誰も追っかけていなくて、コンサートは、20代の頃に友達から誘われると行くくらいでした。

好きな音楽グループを追っかけていたり、熱狂的に好きなアーチストがいることは、私にはあまりないこと。うらやましいなぁと思います。

まぁでも。こういうことをだんなさんに話すと、「今は不思議なことが好きだから、いいじゃん」と言われます 。まぁねぇ。

石が好きで、手で何かを作ることが子供の頃から大好きで、不思議なことも好きですが。熱しやすく冷めやすい私に、それだけ好きなものがあるなら、幸せなことなのでしょう。

 

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2009年9月16日 (水)

幸夫人

お盆を過ぎた頃から湿度が下がり(ジメジメした梅雨が今年はあまりに長く、湿度の違いがわかりやすかった)、最近は昼間暑くても、爽やかな日々が続いていますね。

夜はだいぶ涼しくなりました。時期的にはそろそろ、秋雨が始まる頃だけど、今年はまだその気配がない様子。台風も来ないのかしら。

こちらでは今日、ツクツクボウシがまだ鳴いていました

いよいよ鳩山政権が発足しましたね。期待しつつ、公約をどう守るのか見てゆきましょう。

最近、幸(みゆき)夫人が男性週刊誌や外国メディアで面白おかしく紹介されているようですが、あんなものは気にせず活躍して頂きたいです。

幸夫人はキーパーソンだと思います。おしゃれなポケットチーフを選ぶだけでなく、陰でも表でもご主人をサポートし、華やかに振る舞ったらいいと思います。

 

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2009年9月14日 (月)

木村秋則さんの「すべては宇宙の采配」

今月あたまに、Sさんという方からメールを頂きました。たまにメールを頂くのですが、私と似たとこあって(Sさん、私と一緒にされるのは嫌だと言わないで下さいね 、ユニークな感性の方です。

そのSさんが、最近ある本が気になり、買って読んだそう。

その本には龍の話があり、読み終えた時に私が思い浮かんだそうで、興味があったら本屋でページをめくってみて下さいとのことでした。おぉ。そうでしたか。

実はその本、私が愛読しているブログでも紹介されており、その記憶が残っていました。

本は好きだけど、最近は読む時間もあまりないけど、夢中になって読める本だと良いなと、軽~く思いながら、早速アマゾンで本を取り寄せました。

奇跡のりんご農家・木村秋則さんという方が書いた「すべては宇宙の采配」です。

2009091401

先週私は、旅の様子をブログで綴っており、ひとつ記事を綴る度、私の中にあるものを外に出してすっきり爽やかになるのと同時に、やや疲れを感じてました。

そんな先週のある晩、記事を綴ってパソコンの電源を落とし、目に疲れを感じつつも、なんとなくこの本が気になり、夜中からページをめくったところ・・・

おぉ~ぉぉなにこれ、とっても面白いー

すごい勢いで読んでしまい、夜中だから、この区切りの良いところで今日はやめにしよう・・ と一瞬思うのですが、我慢できずに先を読んでしまい、結局1時間ほどで読み終えました。

その時、興味深い経験をしました。私は目が疲れ、目の奥がやや痛くなっていました。そんな時に読書をしたら、目に負担を与えるだけ。

だから、ほんの少し読むだけにしようと思っていたのに、読んでいる途中から体の気の流れが特急モードになったらしく、読み終える頃には、目の疲れはどこかへ吹っ飛んでいました。

困ったことに目が冴えてしまい、その後しばらく眠れなくなり、当然次の日は睡眠不足でしたが、意外と元気よく過ごしました。

読み終えてすぐ思った感想は「本当に良い本が世に出てきたな 」ということでした。この本は、

・夢に向かって頑張っている人 
・自分の夢を見つけたい人
・夢に向かって努力を積み重ねるものの、
 なかなか苦労が報われない人

・家族の食事を作っている人
・無農薬を知りたい人
・身の回りの狭い世界にこもりがちな人

・視野を広めたい人
・十分幸せな人生を歩んでいるのに、
 隣の家の芝生の青さをうらやむ人

そういう方が読まれたら、胸に響くと思います。

私が感動したのは、木村さんが無農薬でりんごを栽培し続け、とことん失敗を繰り返してすごく苦労しても、決してあきらめなかったことです。

木村さんが龍に遭遇した話や、宇宙人に拉致された話などもあり、そのエピソード自体も興味深いのですが。

苦労してきた人が日常生活で体験した話には、浮ついていない現実感があり、それがとてもすがすがしくて良かったです。

Sさん、良い本を紹介して下さって、ありがとうございました

 

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2009年9月12日 (土)

光の柱プロジェクト・その16

その後の続きを綴ろうと思ったら、しーちゃんが昨日、残りを全部綴っていました 。ということで、詳しい続きは彼女のブログをご覧下さい。

前日の神魂神社で、途中院長が1人で別の場所を探したら見つかったのを参考に、田村神社で私は、ちょこちょこ歩きまわりました。

ここはどうだろう?と思った場所にみんなを案内しても、そこではありませんでしたが。

思いがけず神域に通じる道を見つけたこと、宮司さんが目を丸くして私達のところに来たこと、光の柱を建てる時はいつも昆虫や鳥や風がサインを送ってくれること、偶然叩かれた和太鼓の音もまるで演出の一つようだったことも。

一分ずれてたらどうなっていただろうと、思うことばかりです。

今まで、1泊しては2日で2ヶ所に光の柱を建てていますが、どの旅でも細かいエピソードがとても多いので、忘れないうちにブログに綴ろうとしても、1日経つ度にだいぶ忘れかかります。

1週間前の土曜に神魂神社に行ったことは、まだ二日前のことのようにも感じるし、1か月前のことのようにも感じます。

光の柱を建てる旅は、時間の感じ方がいつもユニークで、ゴムかガムみたいに、時間がニョーーーンと伸びるように感じる時もあれば。

私達が何かに集中すると、過ごした時間と空間がゴマみたいに小さな一粒に密集したように感じる時もあります。

しーちゃんも綴ってますが、田村神社で光の柱を建てた後のこと。私達はそれぞれ、携帯やデジカメを取り出し、写真を撮り始めました。

私はデジカメで写真を撮ろうと、レンズを神域に向けたのですが、デジカメ画面の真ん中に、ピンクがかった紫色の光が縦に入っているのが見えました。みんなも同じくそうでした。

20090912p9060053

自分の目で見ても見えないけれど、カメラのレンズを通すと、光の柱が建っているのが見える。これは、興味深いことでした。

そこで私は、両足を動かさずに、あちこち別の風景にカメラを向けてみました。右、左、上、いろいろ試したけれど、デジカメ画面には目で見た通りの風景が見えます。

でも、神域にレンズを向けると、やはり縦に光が入っているのが見えるのです。

帰りは解散する前に、高松駅でお茶することになりました。駅へ移動すると、真新しい駅ビル+商業施設+ホテル、という立派な建物がありました。

それを見た時、なぜか私は、10才頃に家族旅行した三重県の鳥羽をリアルに思い出しました。もう30年前の話です。

季節は同じく夏。どちらも海に近くて、雰囲気は似てるけど。30年前の昭和と今の平成では、流行りのファッションも違うし、建物の様子も全然違うのに。

目の前には真新しい高松の現在の様子が見えるのに、それにダブって、30年前の鳥羽の様子をリアルに感じるのです。

どうしてだろう?こういう体験は、今までありそうでなかったことなので、少し不思議でしたが。

多分・・ 四国には、本州と違う時間軸が空間に存在しており、そういう感知の仕方をしたのだろうと思いました。

四国と言えば、弘法大師ゆかりの八十八箇所の霊場を巡る四国遍路が有名です。私達の行った一宮寺でも、お遍路さんを見かけました。

お遍路さんは、祈りの旅をする人。そういう人達が、何百年も昔から四国中を歩いていたら、時空間に何かしら影響を与えることもあるのかもしれないですね。

 

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2009年9月11日 (金)

私の指輪

高松の旅もあと少しですが、思い出しながら&あとで綴る文章も考えながら打ちこんでいると、結構エネルギーを消耗します

今日はちょっと休憩して、私の指輪を紹介します。

20090911p9100004

これは何年か前に作ったものです。

私は人様のものを作ってばかりで、自分のものはあまり作れないです。指輪はお気に入りをずっとつけるのが好きなので、この指輪も長いつき合いです。

今回の旅でこの指輪をつけていたら、中央のインカローズを通したワイヤーが切れました。

細いけど頑丈なステンレスワイヤーだけあって、今までよくもったと思います。そこで、同じように作り直しました。

20090911p9100012

指輪は、これくらいにぎやかなのが好きです。

 

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2009年9月10日 (木)

光の柱プロジェクト・その15

みなさんは、自分の住んでいる地域の一宮をご存じでしょうか。

Wikipedia(フリー百科事典)には、「一宮(いちのみや)とは、ある地域の中で最も社格の高いとされる神社のことである。一の宮・一之宮などとも書く。

・・一宮の選定基準を規定した文献資料は無いとされるが、準公的な一種の社格として機能した。一宮の次に社格が高い神社を二宮、さらにその次を三宮のように呼ぶ。」

「1.原則的に令制国1国あたり1社を建前にした。 2.祭神には国津神系統の神が多く、開拓神として土地と深いつながりを持っており、地元民衆の篤い崇敬対象の神社から選定されたことを予測できる」

等々、解説されています。

私の住んでいるところは、かつては尾張の国でした。尾張の国の一宮は、一宮市にある真清田神社(ますみだじんじゃと読みます)です。

一宮市の名は、真清田神社が一宮だったことに由来しています。

今から6年前、真清田神社の境内で、様々な手作り作家が出店販売するイベントが行われました。どこで知ったか忘れましたが、そのイベントに私も申し込みをし、出店しました。

一度だけの参加でしたが、地元の方がたくさん来て、私自身もとても楽しいイベントでした。多分私は、その時初めて、真清田神社がかつて尾張の一宮だったと意識したと思います。

イベントには車で行ったので、行く前には地図をじっくり見ました。すると、この真清田神社を中心にして道が放射状に広がっていました。まず神社があり、道ができた歴史が想像できました。

私は一宮市の歴史は詳しく知らないけれど、この地域には大きな木曽川があるのと、濃尾平野で広く平らなため、古い時代から人が住み始めたのでは。

日本は国土の7割が山で、現在平らな地域は工業化・都市化が進んでいますが、かつてここは米を作る穀倉地帯だったと思います。

ますみだ、という音からも、澄んだ水と田が豊かにあるのが連想できますね。

真清田神社でのイベントがとても楽しかったので、その後、近くに行く機会がある時は立ち寄るようになりました。境内は広く、歴史を刻んだ本殿には風格を感じます。

と、前置きがすっかり長くなりましたが、松江に行った次の日、私達は瀬戸大橋を渡って香川県高松市に向かいました。

目指したのは、かつて讃岐の国一宮だった田村神社です。田村神社に到着してからのことは、しーちゃんのブログに綴られている通りです。

2009091001p9060032

神社ではあまり撮影しなかったけれど、↑たまたま撮ったこの写真を見ると、龍が彫られた鳥居(にぎやかに龍が巻きついてるのすぐ内側に布袋様が(七福神の布袋様って、お寺にいらっしゃることが多いと思うけど)。

その奥に鐘つき堂(神仏習合のなごり?)、鐘つき堂を支える4本の太い柱には青龍、朱雀、百虎、玄武が彫られ(鐘つき堂に風水?)、赤い鳥居が幾重にも建てられています。

境内は広いのですが、いろんな石像等が所狭しと並んでいます。

今まで、各地の一宮(奈良(大和国)の大神神社、三重(伊勢国)の椿大神社、尾張の真清田神社、長野(信濃)の諏訪大社、石川(加賀)の白山ひめ神社)に行ったことありますが。

こういうワンダーランド みたいな一宮は初めてでした。

2009091002p9060034

しーちゃんもしめ縄に触れていたけど、こういうテカテカ光るゴールデンなしめ縄って、初めて目にしました。

ビニール製と見て→今時は、わらでしめ縄作るのも高いだろうな→ビニールで作ると安く上がるのかしら→ここではいろんな石像を見たけど、妙にアジアチックと言うか、中国で作ったみたいな石像もあった

→このしめ縄だって、海外で作れば安く上がるわよね→浮いたお金で、石像をバンバン建てたのかしら。不埒と言われそうですが、こういう妄想が思い浮かびました。

讃岐の人は派手好き?阿波や伊予、土佐に負けたくない競争心の結果?四国と言えば、八十八箇所の四国遍路が有名だけど、それと関係あるの?

その後、隣りにある一宮寺へ歩いて行きました。神社に沿った小道を歩くのですが、小道に沿って住宅が何軒かありました。

どぶの臭いがしましたが、住宅と神社の間に沿って、側溝が。神社のすぐそばで、こんなに臭うなんて。

その奥には(神社の裏手だと思う)には、かつて水の湧いた井戸らしい跡があったけど、水は淀んでおり、小さい水草がびっしり浮いていました。

神社裏の水が涸れるって、なんでこういうことになったの?突っ込むのはこれくらいにします。

頭は空っぽにして歩いても、果たしてどこで私達は光の柱を建てたら良いのか。やがて私は1人、みんなから離れ、神社のあちこちを探検しに行きました。

 

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2009年9月 9日 (水)

光の柱プロジェクト・その14

小さなお社へ通じる階段を登ると、辺り一面、柔らかい苔が生えていました。フカフカなので、まるで緑のじゅうたんでした。

ふと気づくと、とても良い匂いがします。おそらく、この苔の匂いだと思いますが、上質なお香のような匂いでした。

この旅から帰宅後、はっと気づいたのですが、そういえば私は苔が苦手でした。

子供の頃、日陰で湿ったところに生えている苔が大の苦手で、絶対触らなかったですし、苔の生えたところを歩かなければならないときは、つま先立ちで早歩きしていたものです。

大人になったこの頃は、子供の時ほど苔は苦手でなくなりましたが、あのお社にいた時は、そのことをすっかり忘れていました。

さっきまでいた境内の末社には、どれも古びた札に「○○社」と書かれてあったのですが、この小さいお社には札が見当たりませんでした。

ここではみんなで手をつないで輪になり、この輪の中に光の柱が上から真っすぐ建つのを、私はイメージしました。

いつからだったか、あの爽やかな風が吹いていました。境内では、風はほとんど感じなかったのに。

その後、それぞれ携帯やデジカメで写真を取り出し、写真を撮ったのですが、院長が携帯で撮った写真に、光の柱らしい紫色っぽいものが写ったので、私のパソコンに転送してもらいました。

2009090901

ちなみに、私が撮ったのは、

2009090902

残念ながら、私は光の柱を写真に収めるのが上手ではないです。それでも、次の日にデジカメで興味深い体験をするので、またそのことは後で綴ります。

私達それぞれ、特に秀でた人ではないです。喜怒哀楽はあるし(どちらかと言えば、みな普通の人より激しいです☆)、好きなものも嫌いなものも、得意・不得意もあります。

それはそれで個性として認め、例えば2本に分かれた道のどちらが良いか感じたり、場の良くないエネルギーを体の痛みで感知したり。

なんとなくこっちが良いと思ったらそれをみんなで共有したり、良くないものが憑いたらそれを祓ったり。

今回の旅では、それぞれが直感で感じたことを大いに活かし、協力し合うことが大切だということに気がつきました。

さて。帰宅してから私は、ネット検索しました。この、名前のないお社について調べたかったからです。

事前にも、神魂神社のことはネットで調べており、神魂神社を紹介するあるサイトを私は読み込んでいましたが、そこでは洞穴とこのお社は紹介されていませんでした。

でも、ちょっと調べたらすぐにわかりました。秋葉社でした。

洞穴のことも、紹介しているブログはいくつもありました。こんなにすぐわかるものなのに。そういえば私は、桜井大神宮と国見ヶ丘の時は、事前にかなり調べていたけど、それに比べれば、今回はあまり調べていなかったな。

秋葉と言えば、火の神様くらいしか知らないので、さらに検索して調べたところ・・

秋葉信仰とは中世からの修験者による山岳信仰で、民間信仰とも結びついた神仏混合のものだそうです。神道の祭神は、火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)です。

戦国時代に多くの武将の帰依を得て、江戸時代以降は火防鎮護の神として祀ることが全国で流行ったとのこと。

それが、明治に入って神仏分離・修験道廃止措置により、神道へ転進するか、秋葉の名を廃するか廃絶、それぞれの土地の事情で独自の道を歩むこととなったそうです。

なるほど、そうだったのか・・。神魂神社の秋葉社は、存続させるために少し離れた低い場所を用意して、設置したのだろうか。

実際訪れるとわかるけれど、神魂神社の秋葉社につながる、あの細い小道をたどっても、少し道をそれて、ようやく行けるようになっています。

目立たないところにひっそり存在しているふうです。

ここで思い出したのが、私の実家の町にある秋葉社でした。私の実家の町は、江戸時代に開村した古い町ですが、秋葉社は町の各地にぽつんぽつんとあります。

小さくとも木造でしっかりした造りで(当時この町は産業があり、経済的には潤ってたから、こういうものを建てられたと思う)、独特の雰囲気がありますが、そういう由来を初めて知りました。

みなさんの住んでいる地域では、どうなっているでしょうか。明治時代以前から人が住んでいたのなら、きっと似たような状況だと思います。

それにしても、少し不思議だったのは、実家には明治生まれのばぁちゃんが一緒に住んでいたのに、そういう昔の話をほとんど聞いていないことでした。

神仏分離や修験道廃止は、人間側の勝手な都合。明治時代から第二次世界大戦まで、時代が大きく動く中、私達は多くのいろんなもの、精神を豊かにしていたものを過去の遺物にしたのだろう。

それで本当に良かったのだろうか、と思います。

 

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2009年9月 8日 (火)

光の柱プロジェクト・その13

8月に福岡、高千穂に行きましたが、9月は島根県松江と香川県高松で、担当のOさんが目指す神社を探し当てました。

どちらも古くから歴史があり、神社も多く、探し当てるにも時間がかかっていました。

1日目は松江です。宍道湖そばの駅に各地から集合しました。私だけ電車で移動し、駅を出ると、福岡から運転してきた院長の車と、飛行機組のタクシーも同時に到着しました。

電車の到着時刻に合わせたからだけど、目の前に車がスーッと来るのを見ていたら、磁石に吸い寄せられて集まったようでした。

松江は、松江市内にある神魂神社(かもすじんじゃと読みます)を目指しましたが、しーちゃんがかなり詳しく書いているので、私はさらっと綴ります。

目指す場所が、まだ神魂神社と決まっていなかった頃。島根と言えば、連想するのは出雲大社でした。

私はこちら方面に旅行したことがなく、出雲大社も訪れたことがないので、出雲大社だと良いなとかすかに期待していたら、全く聞いたことのない神社だったのですが。

「神の魂の神社」とは、すごい名前だと思いました。

2009090801p9050001

写真は石段手前の鳥居です。この右奥に細い小道の階段があり、そちらに魅了されたけれど、初めは本殿に挨拶しようということで、ごつい石段を登り始めました。

が、後で私達は、初めの直感に従って、魅了された小道を歩けば良かったとわかります。そのことを肌で知る、良い経験になりました。本殿が国宝だそうです。

観光地でもあるので、人がいるかもと思っていたら、社務所では地元の方がお茶しながら会話に花を咲かせ、境内は小さい男の子の格好の遊び場になっており、観光者らしい方も数人いました。

予想以上に人がいたので、戸惑いました。

今まで九州では、人が誰もいないところで光の柱を建ててきた。それが今回は、こんなに人がいる。どうしたらいい?どこで建てたらいい?

石段を登ってすぐのところが本殿で、まず全員でここで挨拶したけれど、その後は言葉少なに、それぞれ思うままに境内を散策しました。院長は、携帯でいろいろ写真を撮っていました。

私は、さてどうしたものかと思いましたが。本殿後ろに、末社の小さいお社が横1列にいくつも並んでいたので、端から1つずつ挨拶することにしました。

向かって左から挨拶し始めましたが、あるお社の後ろに洞穴がありました。ちょっと気になるところでした。

お社に挨拶しても、特に何も感じるものはなかったので、洞穴の前に行きました。OさんやAさんもここに集まっていました。

チャレンジャーな私は、洞穴そばまでゆっくり近づき、中をのぞいてみました。私は何も見えなかったけれど、何かと目が合った感じはしました。

ただ、それが良いものか悪いものか、あまり判断できないでおり、「片手が引っ張られる」と言うOさんがそれを何かのサインと思い、目を閉じてそこに立ち続けたので。

他のメンバーは彼女を囲むようにして、しばらく黙って立っていました。

でも。九州で感じたあの爽やかな風が、いつまで待っても吹いてこないのです。

空は、雨が降るような空ではないけど、どんよりした曇り空。観光者らしいOLの女の子達はおそらく洞穴に興味があるようで、少し離れた所からこちらを見ている。

元気な男の子二人は、騒ぎながら辺りを駆け回っている。ここは、集中できない。

それに、今までの旅ではこういう時、しーちゃんが簡潔なメッセージを受け取っていて、次にどうするか指示することが多かったのに、今回はそれがほとんどない。それも、変だ。

やがて、Aさんは頭痛がすると言い、この場所の異常さを体で感知するように。

院長は、この洞穴からは、聖なるものと邪悪なもの、両方を感じ、カビ臭いようなにおいもすると。Oさんは片手が引っ張られ、後で知ったけれど、もう片方の手には痛みを感じていたとのこと。

旅が終わった後、院長がおもむろに携帯を出し、見せてくれた写真を見て、私達は大騒ぎすることになるのですが、Oさんが痛みを感じていた手に明らかに変なものが映っていたのです。

Oさんはこの時、初めてのお役目担当で緊張もしており、神様に対し、今から自分が何をしたら良いか身をゆだねていたそう。

その気持ちが闇の存在に感応し、邪悪なものに片手を引っ張られ、片手に憑かれることに。

この時、しーちゃんはあまりはっきり言わなかったけど、ヤマタノオロチみたいな大蛇を見たそう。・・私、さっき洞穴の中を見て、なんともなかったのは、運が良かったと思いました。

ここは違うとはっきりわかったので、また境内をゆっくり歩き始めました。そのうち、院長が登ってきた石段とは別の、下に降りる道を1人で歩いてゆきました。

しばらくすると、私達を呼ぶので、みんなでそちらに向かうと、院長は随分下った場所に立っていて、ある場所を指差して「光の柱を建てる場所が、あったよ」と言うのです。

えぇ?院長が指さす場所は、まだ私達のいるところからは見えず、どんな場所があるのだろうと、ワクワクしながら細い階段を下りてゆき、院長の指差す方向を見ると・・

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なんと!小さなお社がひっそりと、少し高い所にそびえていたのです。

 

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2009年9月 7日 (月)

光の柱プロジェクト・続きを綴るその前に

昨日、「今回の旅が始まるまでにいろいろあった」と綴りましたが、初めは10人の龍メンバーでスタートしたのが、3人抜けて7人になり、8月に2人抜けて5人になりました。

ことの詳細を綴ると膨大な文章量になるので、省略して説明すると、今まで自分の本心を言わなかったメンバーの一人が、たまった怒りの感情を院長にぶちまけることから始まり、メンバーの心を大いにかき乱し。

最終的に龍神さまから役目を降りなさいと告げられました(本人は素直に応じました)。

今、振り返ると、彼女の心の隙間に闇が入り込み、私達を内部からかく乱したのでしょう。感情をコントロールできない彼女はおそらく、自分が闇にとらわれていたと気づいていないと思います。

客観的に見ると、院長にしつこく怒りをぶつけていた様子、自分に都合の良いように言葉を巧みに使っていた様子、本来自分が言うべきことを人を使って言わせる様子は、狡猾でした。

彼女を役目から外す前には、私達は相当な時間を費やして彼女に対応し、メールと電話で頻繁に連絡を取り合いました。

結果、彼女は自分の何がいけないのかを理解し切れておらず、これでは共にお役目をこなせないと判断したところで、龍神さまからメッセージが降りました。

変な話ですが、今回のことで5人と院長はよりまとまった感があります。

その他にもいろいろあり、心に隙あらば闇に狙われ、何かと邪魔されるのを経験してきました。

私達は離れたところに住んでいるので、膝を突き合わせて話せばすぐに通じる話も、メールと電話では時に限界もあり、早く今回の旅で顔をそろえて話をしたいと私は思っていました。

今回の旅の1日目に顔を合わせた時は、かすかにぎくしゃくしたものがあったけど、それでも光の柱を建てる時は、心を一つに建てることができました。

夜は地元の美味しい食材で料理する居酒屋に入り、お酒も飲みながらいろいろ話し、ようやくすっきりしました。

大変なこともあったけれど、旅の道中はいつも美味しいものを食べられたり、時間に追われることなくスムーズに行動できたし、天気にも恵まれました。

今まで必ず豪雨に遭っていたのが、今回はなかったです。

2009年9月 6日 (日)

九州の次は、本州へ・・

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名古屋から新幹線で岡山まで1時間半、さらに電車を乗り換えて揺られること2時間50分、そこから車で移動して30分くらいの場所とは、どこでしょう。

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次の日は(今日のことですが)、海に架かる長い橋を渡り、美味しいうどんの本場へ移動すると、

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ビニール製と思われるしめ縄が掛けられた神社に行きました。

九州で光の柱を建てたので、次は本州です。今回は、結構な距離を観光もせずに二日で移動しました。

先月の旅が終わった後、今回の旅が始まるまでにいろいろあったし、旅の道中も今回は九州と全然違いました。また明日以降、つらつら綴っていこうと思います。

 

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アンダラのピアス&ブレスレット

アンダラでピアスを作って欲しいと注文を受けたので、形・大きさが似たアンダラを選んで作りました。

200909dw

こうして見ると、随分違った形のアンダラに見えますね。

本人に直接ピアスを渡したので、本人が耳につけるところを見たのですが、大きさの違いはあまり気にならず、良かったです。

200909dw2

このアンダラ、初めはクリアーかと思ってましたが、白い紙の上に載せた時、ほんのり水色がかっていることに気づきました。

ミルキーアクアマリンを合わせ、水のイメージのようなブレスレットに仕上げました。

 

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2009年9月 3日 (木)

アクセサリー販売ページ、更新しました

私の本業サイト内、アクセサリー販売ページを久しぶりに更新しました。

小さな販売ページですが、天然石ビーズで作ったアクセサリーがお好きな方は是非ご覧下さい。

200909sha1

↑今回、アンダラネックレスを1本販売します。爽やかなシャンパンアンダラのネックレスです。

それから、昨日の記事にも追記しましたが、ルートビアブラウンアンダラは羽ばたき先が決まりました。

 

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2009年9月 2日 (水)

ルートビアブラウン アンダラご案内

先月美保子さんより取り寄せたアンダラで、ルートビアブラウンの表面が曇っているものがひとつありました。

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泥の汚れかもしれないと思い、流水と柔らかいブラシで丁寧に洗いましたが、変わりませんでした。

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チビですが、虹も入っています。

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アクセサリーには作りにくいので、欲しい方がいらっしゃったらお売りします。

23×15×8ミリの3.3g、価格は幾分サービスして1,200円です。アンダラウォーター用に使ったり、アンダラを試しに持ってみたい方に最適だと思います。

希望される方は、メールでご連絡を(loon-dragon.336☆nifty.com→☆印を@に変えて送信下さい)。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

記事を載せて1時間経たないうちに、注文頂きました。あ~れ~!興味をもたれた方、すみませんm(__)m。

どうしても欲しい方は、もう一回り小さいのがありますので、お問い合わせ下さい。

(9月3日追記)もう一回り小さいのも、羽ばたくことになりました。ありがとうございました!


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2009年9月 1日 (火)

デヴィ夫人のブログ

私はいつもパソコンの電源を立ち上げると、メールチェックして、お気に入り登録しているブログを順番にクリックして読んでいます。

猫ブログをいくつかと、偶然見つけて愛読しているブログ、友人のブログなどです。

有名人のブログは興味がなくて、読んでいないのですが、ひとつだけいつも興味深く読んでいるのが、デヴィ夫人のブログです。

ひょんなことからクリックしたのがキッカケでしたが、セレブな世界の様子や交流している人々がさりげなく紹介され、時事批評は実に切り口が鋭く、真実をついていて、勉強になることもしばしばです。

私は彼女が今までどのような人生を生きてきたか、詳しくは知らないのですが。

激動の時代を乗り越えてきたからこそ、強い相手でも悪いものは悪いとはっきり指摘し、弱い者には愛にあふれた優しい言葉をかけられるのだと思っています。彼女のブログは大好きです。

政治のことは詳しく、知識の吸収を若い頃から積み上げてきただろうとわかります。今回の選挙結果についても、自民党惨敗についてわかりやすく書かれていました(8月31日のブログ記事)。

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