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2015年2月 1日 (日)

トーマさんのメルマガより~「修羅の世界」

連日トップニュースになっていることについて、何とも言葉が見つかりませんが、

・去年の夏に湯川さんが、11月には後藤さんが拘束されても、官邸は解放に向けて本気で動こうとしなかったこと

・翌月の12月、官邸は解散総選挙に踏み切り、外務省は交渉を継続できなかったこと

・今回の事件を呼び込んだのは、安倍首相の中東歴訪中の不用意な発言であること

これらは、覚えておこうと思います

さて今日は、今朝届いたトーマさんのメルマガが含蓄のある話だったので、転載します。

いつものことながら、とーっても長くて読むのが大変ですが、お時間ある方は是非、最後までお付き合い下さいね。

・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…

1992年から1996年くらいまで、「世界一小さな格闘技」ともいわれる、「腕相撲」の練習場に通っていました。

2002年に、102歳でお亡くなりになったのですが、山本先生という師匠に、稽古をつけてもらっていました。素晴らしい方でした。

ちなみに、専門的な話をすると、競技としての「腕相撲」と「アームレスリング」は、違います。

競技の腕相撲は、机の上全体が土俵という考え方で、机の上だったら、肘を動かしてもいいのです。

そのため、アームレスリングが比較的上半身だけの勝負になるのに対して、腕相撲は、脚力など全身の筋力を使います。さらに、技も多彩です。

1992年の春に、「腕相撲の名人がいる」という噂を聞いていたので、そこへ、訪ねていきました。現在はもうありませんが、当時は、都内の田園調布の近くでした。

毎週土曜日の夜7時から稽古だというので、その時間に行くと、たくさんの人が、練習していました。

空手や柔道のように段位などもあり、皆、緑や茶色、黒帯などを締めてやっていました。試しに、緑帯を締めている高校生ぐらいの人と、対戦してみました。

まだ、黒帯(初段)もとっていなくて、4級ぐらいだと言っていました。

体も痩せていて腕も細かったのですが、当時、パワーリフティングで鍛えていた私の怪力が、全く歯がたたないのです。びっくり仰天しました。

「餅は餅屋に、まかせておけ」とよく言いますが、その道の専門家というものは凄いのだと、改めて再認識させられました。

その後も、黒帯の有段者たちともやりましたが、話になりませんでした。まったく、別次元の強さを、思い知らされました。子供扱いにされてしまったのです。

あまりのショックに、私が下をうつむいて座っていると、一人の小柄な老人が、道場に入ってきました。

道場生全員が、挨拶したのですが、明らかに尊敬されている人物だということがわかりました。どうやら、道場主らしいのです。

しばらく見ていると、3段や4段クラスの人たちが、なんとその老人に、稽古をつけてもらっているではないですか。

さらに驚くことに、この老人が、簡単に彼らに勝つのです。ビックリしてしまいました。

そのうち、私が呼ばれました。そして、「君は、初めて見る顔だね。ちょっと君の腕力をみてみたいから、私とやってみようか?」

と言ってきました。身長153センチぐらい、体重47キロぐらいでした。

一方の私は、当時、身長170センチ、体重97キロぐらいでした。私の方が、2倍ぐらいの体の大きさでした。

「この爺さん、どうせ、何かインチキでもしているんだろう。かわいそうだが、ここは、勝たせてもらうぞ。腕の骨が、折れても知らないぞー!」

こう思いながら、腕を組んで力を入れたですが、ビクともしません。そのうち、もの凄い圧力を感じて、簡単に負けてしまいました。

それまでも、ショックを受けていたのに、まさか、こんな老人に完敗するなんて思ってもいなかったので、しばらく口がきけなくなり、呆然としていると、

「君はなかなか、みどころがあるな。私が、いろいろ教えてあげるから、来週から、遊びにきなさい」

こう言われました。

これは、周りの弟子に言わせると、「弟子入りを、許可する」という意味だそうで、その瞬間から、弟子入りが決まりました。

私が驚いて、「どうして、そんなに強いのですか?」と聞き返すと、ニコニコ笑って、

「私は、1900年生まれだから、今年で92歳になるんだよ。92年も、トレーニングしていれば、誰でも強くなるよ。ワッハッハッ、ハッ、ハッハハ」

と豪快に笑いました。これが、山本先生との出会いでした。

先生は、日本での腕相撲という競技を、最初にはじめた方でした。

経歴を聞いて、さらに驚きました。空手の大山倍達、プロレスの力道山、アントニオ猪木など、ほとんどの日本の格闘界や武道界の有名な方々は、この山本先生の弟子だったそうです。

また、合気道5段、講道館柔道4段など、武道の達人でもあるですが、歯医者でもあり、歯科大学の教授でもあり、さまざまなトレーニング関係の本も、書いている方でした。

日本のスポーツ科学の第一人者でも、あったのです。発明家でもあり、歯の矯正器具など、私たちが、身のまわりで目にするものも、たくさん発明し、特許をとっていました。

太平洋戦争の頃は、潜水艦や魚雷の設計も、やっていたそうです。私が会った頃は、「天文学」、「生物学」、「物理学」、「仏教」の本も執筆中でした。

精神世界のことも、深く知っていました。「宇宙も、輪廻するんですよ」などと、凄くスケールの大きな話も、よくやってくれました。まさに、天才でした。

その道場には、約4年間通いましたが、月謝がなんと千円でした。昔ながらの稽古法で、新弟子は雑巾がけ、皿洗いなどから始めるという方針でした。

礼儀作法にもとても厳しく、私など、よく怒鳴られました。

稽古の合間に、先生はいろいろな話をしてくれました。たとえば、

「諸君、食事というものはな、どう食べればいいのか、自然が、教えてくれるんじゃ。歯を、見てみなさい。穀物や野菜の為の歯が、28本あるじゃろう。肉の為の歯は、4本じゃ。

これはな、自然界が、人間の体にとって一番いい穀物や野菜、そして肉のバランスが、4対28、つまり、1対7だと教えてくれているんじゃ。この比率で、食事はしなさい」

長い人生経験から導き出した、深い知恵を授けてくれました。他にも、

「昔、怒りや嫉妬、悪口、陰口など、ネガティブな感情ばかりもっている人間を集めて、血液を採取し、その血液を舐めてみたことがあるが、その人たちの血液がたいへん酸っぱかったのを、覚えているよ。

あの酸っぱい味は、一生忘れられないよ。その後、その人たちは全員、白血病などの癌で、15年以内に死んだよ。

ネガティブな感情というのは、体にとっても悪いもんだよ…」などと、話してくれました。

先生は若い頃、夜中、枕元に、「不動明王」を名乗る霊体が現れたそうです。

「あなたに、特別に力を授けよう。あなたが、この力を正しいことに使えば、その力は永久に、なくならないだろう。しかし、もし、間違ったことに使えば、たちどころにその力は、なくなるだろう。ゆめゆめ、疑うことなかれ…」

こう言われたそうです。

それから、特別な力を持つようになったと、言っていました。

ある時、天に向かって、「本当にあれが、不動明王なら、その証拠をもう一度見せてみろ!」

こう怒鳴ったらいきなり、目の前の川原に雷が落ちてきて、一つの石に、直撃したそうです。

そして、その石を持ち上げて見てみたら、その石の裏側に、彫刻刀で彫ったように、ご自分の名前が、書かれていたそうです。

「日本のスポーツ界の本当の開祖は、不動明王なんじゃよ…」とも言っていました。(笑)

一番、印象に残っている話が、「修羅の世界」の話でした。「六道輪廻」の話です。

いろいろな解釈がありますが、簡単に言うと、仏教の考え方の中に、世界を、六段階で捉える思想があるそうです。

下記の六つの世界に、階層分けされているという考え方です。

天界道 → 天人という神様のような存在が、住む世界。

人間道 → 人間が、住む世界。苦しんだり、楽しんだりして、学ぶ世界。

修羅道 → 皆が、エゴ丸出しで、戦いと苦しみに、満ちた世界。

畜生道 → 動物の世界。本能だけで生きているので、仏の世界は、理解できない。

餓鬼道 → 飢えと渇きに、悩まされる鬼の世界。

地獄道 → 罪を、償うための世界。

ほとんどの仏教学者たちは、私たちの世界を、この中の「人間道」、「人間の世界」であると、考えるのだそうです。

しかし、先生の解釈は、ユニークでした。この世界は、「修羅道」、「修羅の世界」だと考えることを、私たちに、提案したのです。

「自分も含めて、この世界の世界の住人は、そもそもエゴ丸出しで、戦うという性質をもった、修羅であるという認識で考えてみなさい」

ということです。

なぜなのか?それは、この世界を、「人間の世界」と考えると、

「あの人に、裏切られた。あの人からも、こんな酷い言葉で、傷つけられた」

「また、酷い事件が、起こった。どうして、この社会は、こんな犯罪が、起こるんだろう? 神も仏も、いないのか?」

「どうして、いつまでも、世界から、戦争が、なくならないんだろう? どうなっているんだろう?」

というような「不平不満」や「疑問」などが、生まれやすくなるからなのだそうです。

一方で、この世界を、「修羅の世界」と考えると、

「人に裏切られて、当たり前だ。そもそも、この世界は、そういう世界だ。酷い言葉で、傷つけられても、それも当然だ。そういう人たちが、住んでいる世界だ」

「酷い事件が起こって、当たり前だ。この社会は、そういう犯罪が、起こる世界だ。神や仏は、そもそも、この世界を、そういう学びの場として、創ってくださったのだ」

「この世界は、戦争がある世界である。それによって、学ぶことも、多い世界である」

というように、視点が、変わるのです。

ほとんどの仏教では、この世界を、「人間の世界」だと捉え、なんとか、最高の「天人の世界」に近づくように、努力しようという、考え方みたいですが、先生は、

「そういう世界観は、苦しみを生みやすい。不平不満や疑問が、出てくるのは、そういう世界観だからだ」

と言っていました。

この世界が、「人間の世界」だという世界観は、

「ハードルを高く設定し、そのハードルを、どうすれば、飛び越えられるか?」

という考え方を、生むのです。そして、ずっと苦しむのです。

そうではなく、先生の提案は、この世界を、「修羅の世界」だと、一段落として捉え、なんとか、「人間の世界」に近づくように、努力しようという考え方なのです。

「ハードルそのものを、低く設定する。ハードル自体が、地下に埋まっていて、何もしないで、地面に立っているだけで、すでに、ハードルを飛び越えたことにしましょう」

という世界観なのです。これは、目から鱗でした。

この世界を、「人間の世界」だと考えると、ちょっと裏切られたり、傷つけれたりすると、ガッカリして、怒りがわいてきて、その相手が、酷い悪魔に見えてきます。

犯罪や戦争についても、この世の中が、とても残酷な世界に、見えてくるのです。

ところが、この世界を、もともと、「修羅の世界」だと考えると、裏切られたり、傷つけられても、その相手は、普通の人間に、見えてくるのです。

犯罪や戦争についても、それが、日常の世界に、見えてきます。

その結果、さらにどうなるか?

「修羅の世界」だという認識で、この世界を捉えると、裏切らない人や傷つけてこない人が、天人つまり、天使や神様に、見えてきたりするのです。

それまで、普通の人だった人たちが、一気にレベルアップして、見えてくるのです。普通の国だった、自分の国も、レベルアップして、天国に、見えてきたりもするのです。

ためしに、ちょとだけ認識を変えてみてください。世の中が、いつもと違って、見えてくるかもしれませんよ。

さらに、この「修羅の世界」という世界観がいいのは、なんでもない日常に、「感謝」を感じやすくなるということです。

普通に生きているだけで、感謝の心がわいてきて、幸せな気分に、なりやくなるのです。

山本先生のこの世界観は、いろいろな人に、話してみたことがありますが、ある程度の年齢を、重ねた人たちは、わかるみたいです。

ただ、若い人は、いまひとつ、ピンとこない人も、多いみたいですね。

先生は、1900年~2002年という激動の時代を、生き抜いてきた人物でした。だから、こういう世界観を、もっていたのかもしれません。

この時代には、こういう世界観が、必要だったのでしょう。

「この世界自体を、もともと酷い世界と認識する」

これは、万能の考え方では、ないかもしれません。でも、現在でも、人生に、行き詰ったり、苦しくなった時に、ちょっと使ってみる価値のある「人生の裏技」に、なるかもしれません。

先生が、生前、こう言っていました。

「この世界は、修羅の世界じゃ。私たちは、こういう厳しい世界に、修行に来ることができるほど、強くて素晴らしい存在なんじゃ。

私は、朝起きるとき、よし!今日も、修羅の世界で、戦うぞ!なにくそ、負けるか!と気合を入れて、起きるんじゃ。諸君も、ぜひ、負けないで、がんばってください!」

「修羅の世界」という「人生の裏技」、ぜひ、試してみてくださいね。

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