« 麻ひもで作る平結びのブレスレット | トップページ | 伊勢志摩サミットの関連番組を見て »

2016年5月24日 (火)

死んだ後に残るものは、名前 ~トーマさんのメルマガより

今月はGWが終わった後、昨日まであっという間でした

あの話をブログに綴りたい、この意見も書きたいと思いつつも、なかなか時間が取れなかったです。

昨日までの教室が終わり、一段落着いたので、今日はのんびり過ごすことに

布団の敷パッドのゴムベルトがビロ~ンと伸びてたのを思い出し、伸びた分を切って縫い合わせました。

外へビューンと飛び出すのも好きだけど、こういう家庭的なことも結構好きです。

さて今日は、トーマさんのメルマガの名前の話が興味深かったので、一部転載します。

最近トーマさんはビジネスセミナーを受講したそう。その講師の方から聞いた話だそうです。転載元はこちらです。

・‥…━━━☆・‥…

ビジネスの話も、面白かったのですが、この講師の方が、話の合間に、オマケで入れる雑談も、とても心に残りました。「名前」の話でした。

その講師の方が、言いました。

「皆さん、ここ最近、キラキラネームというのが、話題になってますよね。あれって、どう思いますか? いろいろな意見があると思いますし、名前にもよると思いますが、私は、やはり違和感を感じます」

続けて、

「その違和感は、何だと思いますか? それは、その名前が、今の子供の姿だけを見て、その子供に付けている名前だからです」

さらに、こう言いました。

「いいですか。名前というのは、一生使うものです。それだけでなく、死後に残るものなのです」ここまで話した後に、ホワイトボードに、

「牛」
「鳥」
「魚」
「人」

こういう四つの文字を、書きました。それから、「これらの生き物を、数える時の単位を、知っていますよね?」こう言って、こう書き加えました。

「牛」→「頭」
「鳥」→「羽」
「魚」→「尾」
「人」→「名」

さらに、話を続けました。「牛は一頭、鳥は一羽、魚は一尾と、数えることが多いですね。これは、どうしてだと思いますか?」

「それは、死んだ後、最後に残る部分なのです」大きな会場の中で、ほーっ!というような溜息が、広がりました。

つまり、牛が死んだ後の死骸で、最後まで、牛の面影の原型を留めているのは、頭蓋骨だということです。これを、基準にして、牛は、数えているそうです。

同様に、鳥は、最後まで原型を留めているのは、羽根の骨の部分だということですね。魚は、尾の部分だということです。

「なるほど…」と、思いました。

講師の方は、続けて、

「人間も、一名、二名、三名… こう数えますね。そうです。人間が、死んだ後に残るものは、名前だからです

これを聞いて、また、「なるほど~!」と、思いました。

牛は「頭」、鳥は「羽」、魚は「尾」、人は「名」これが、死んだ後に残るものということです。

「その存在の面影が、最後まで原型を留めている部分」だということです。

人は、死んだ後、肉体は、火葬されたりして、無くなりますが、葬式が終わった後、遺族や友人知人が、思い出すのは、その人の生前の顔や行い、それから、その人との思い出です。

その後に、最後に、永遠にお墓に刻まれるのが、「名前」なのです。

それを考えると、たしかに、その人の子供の時の姿だけを表現している、「キラキラネーム」は、名前によっては、あまりよくないかもしれませんね。

この話を聴くまで、自分が死んだ後、お墓に、自分の名前が刻まれている所など、今までに、考えたこともなかったです。

でも、人生の後半戦に入っている現在は、私も、そろそろ、こういうことも、考えてもいいのかもしれません。

・‥…━━━☆・‥…

私も、キラキラネームはどうかなと思う方です。

10代、20代のうちは良いだろうけど、30代、40代となると、不都合なこともあるのではないかしら。

運気は、本人の努力、意思、行動、言葉の使い方で多少の変化は起こせるけれど、生き様の主流は名前に込められているように思います。

9年前に九星気学と字画を習ってからしばらく、いろんな人の名前の画数を調べました。

朝、新聞を広げると、著名人の名前を一人、事件事故を起こした人の名前を一人選んでは、画数を見るのもやり続けました。

そうして調べてみると、全ての著名人が字画バッチリな名前でもなく、苦労する画数を持つ方も少なくなかったですが。

わかりやすい例を挙げると、ノーベル賞を受賞された方達はやはり素晴らしい名前が多かったです。

凶悪事件を起こした人の名を調べると、姓も名も良くない画数ばかりでギョッとしたことも。

幼少期から人の縁に恵まれなかっただろうと想像でき、そこはちょっと、気の毒に思うこともありました。

私は去年の秋に、名前を貴子に戻しました。貴子の名前は母方のじいさんがつけてくれましたが、この頃ますます、「貴子」がお気に入りです。

じいさんは私が1歳の時に亡くなりましたが、「私の名前をつけてくれた、素敵なおじいちゃん」として、子供の頃から親しみを持っています。

本当に良い名前をつけてもらったと、感謝いっぱいです。

名前を戻してみて、劇的に変わったものはないですが、じんわり小さい変化はいろいろある気がします。「貴」の字に恥じない生き方をしたいです。



« 麻ひもで作る平結びのブレスレット | トップページ | 伊勢志摩サミットの関連番組を見て »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

スピリチュアル」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 麻ひもで作る平結びのブレスレット | トップページ | 伊勢志摩サミットの関連番組を見て »