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2016年6月 4日 (土)

「炎上」に関するインタビュー記事を読んで

今朝の新聞の、「考える広場」という土曜特集記事に、

【個人、団体の情報発信や行動がインターネット上で批判を招く「炎上」が頻発している。

言動が目立つだけで非難される場合もあり、何かと目くじらを立てられる時代だ。なぜたたくのか、どう対応すべきか】

として、アグネス・チャン、田原総一朗さん、精神科医の岩波明さんの3人にインタビューした内容が載ってました。

どれも読みごたえがあり、興味深かったです。

アグネスは、香港出身で児童ポルノ規制に熱心なため、中国を嫌う嫌中派や、児童ポルノ規制反対派から、随分たたかれてきたそう。

直接言ってくるのはまだ良いけれど、うそやデマを書かれるのは本当につらい。

去年、中学生が彼女を殺すと書き込んで逮捕されたけど、犯人が子供と知った時はとても悲しかった。

行き過ぎた「たたき」を減らすには、多様な意見を増やしたら良いと。「やり過ぎ」だと思ったら、そう書き込んで欲しいとも。

田原さんは、まだインターネットのない時代、田中角栄元首相のロッキード無罪論を雑誌で連載したら、非難ごうごうの電話や手紙が山ほど来たそう。

他にもいろんな記事を書き、家に脅迫電話が掛かったり、右翼の街宣車が自宅前に来たことも。

今は、マスメディアがクレームを怖がっている。

昔は、テレビ局なら担当者が謝って終わった。今はネットで社会が大騒ぎになるから、クレームの来ない無難な番組を作ろうとなり、テレビが面白くないと。

「朝生」は、テレビの解放区。「けしからん」という意見が来たら、それをテーマにまたやればいい。

クレームが来たら、本人に出てもらう。反響がないより、炎上した方が面白いと。

3人目の岩波さんは、精神科医らしい分析に納得。良かったので、その文章を掲載します。

******

ここ数年、日本社会では不寛容な人、他人を好んで非難する人が顕著に増えたと思います。

その心理は、やはり現実世界での不満足感や嫉妬の裏返しというケースが多いと考えられます。

ネットでバッシングをする側は、その時、絶対的な権力者になれる。

人を裁く快感の味を知ってしまうと、正義派を装いつつも、バッシングすること自体が目的化してしまう。内容は何でも構わないわけです。

もともと人間には、このような傾向があることは確かです。

ただ、SNSなどのツールが発達したことで、誰にでもバッシングが容易になり、範囲と対象も広がりました。

ベッキーさんの不倫騒動は、三十すぎの女性が妻のある男性に恋をするという、誰にも起こりうる話です。

個人のトラブルであり、他人から人格否定されるのはおかしい。

三年前、みのもんたさんが批判された時も同様でした。週刊誌とネットが呼応して、「極悪非道の大悪人」のように書きたてました。

一つの意見が主流となり、固定化されてしまうと、なかなか覆すことは困難です。

正当な反論が許されなくなり、皆が飽きるまで同じ論調が続くわけです。

こうした背景として、日本社会の同質性の高さがあります。みな同じように考え、理想とするライフコースもかなり一致している。

すると、そこから外れた人物が優秀であっても問題視されやすい。価値観が多様ではないため、集団心理的に同じ攻撃をしてしまう。

社会も明らかに不寛容になりつつあります。

コンプライアンス(法令順守)重視の中で、職場の締め付けも厳しくなりました。かつては問題にもされなかった、ささいなミスや不祥事でも糾弾される。

企業は評判を気にして、クレームがあれば過剰に反応する。問題視されるレベルの閾値(いきち)が下がり、他人を非難しやすい背景ができあがっています。

当然、個人の規範意識のレベルは引き上げられます。

その結果、騒動に便乗する人だけでなく、本当に正義感からバッシングする人も出てくる。そうなると、相乗効果でバッシングはさらに激しくなります。

今の日本は平均からはみ出さない人畜無害で面白みのない人物しか表に出られなくなりつつある。

問題発言を繰り返すトランプ氏のような人が表舞台で活躍する米国の方が、より健全かもしれません。

******

トランプ氏のあの舌は、しゃべりすぎだと思いますけどね

農耕民族の日本人は、和を大切にし、人間関係をうまくこなすため、同質性が高まったと思います。

その高さのお陰で、良い面もあれば、そうでない面もありますね。

人って、やり過ぎて痛い目に遭い、ようやくわかることも少なくないもの。

その経験全てが、その人の器を育てることになると思うけど。楽観しすぎ?

ネットの炎上には、関わらないのが良い気がします。

人って「話す」と、何かエネルギーを「放す」に通じ、禍根(かこん:わざわいの起こる元)が残らないと思うのだけど。

炎上の発言は、「放す」までエネルギーを解放できずに禍根が残り、回りまわって、自分に帰ってくる気がするのね。

言いたいことは、きちんとはっきり相手に伝えるのが一番良いと思います

それがなかなか難しいわけだけど、上手に伝える方法や生きる知恵は、いろーんな本に書かれてるので、ネット検索よりも、本を読むのをお勧めしたいです。



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コメント

人々の考えが自分本位な正に偏っている極に達しているんですね。

それに、人々の自分自身の抑制に耐えられなくなっている。

噴火のエネルギーは個人に向けるのではなく、社会に向ければ大きく世の中がかわるんですが。

何はともあれ、自分自身を許す。そうすれば周りも許せるんですが。

責められる人よりも、責める人の心の悲しみに愛を送りたいです。

*はな姉さん

自分自身を許す
ホントに、これに尽きると思いますっ

私も人のことを言えないですが、これができなくて、
自分で自分の首をしめている人が、どれほど多いことか。

あっちに偏ったり、こっちに偏ったりしながら、
私達がみな、幸せを見つけることを願ってやまないです。

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