雄大な自然と歴史の国、鹿児島の旅①
鹿児島の旅ブログに戻ります❗
出発したのは先週の月曜、朝8時すぎに中部空港を飛び立ち。
鹿児島には9時半に着きました。
空港でレンタカーを借りると、高速に乗って南へ向かい。
知覧特攻平和会館を目指しました。
詳しく知りたい方は、こちらのサイトをご覧下さい。
館内には、ここから飛び立った青年たちの、一人一人の顔写真が飾られ。
名前も記載されていました。
みな、飛行服を着て。
写真館で撮ったらしい、凛々しい顔もあれば。
笑顔ながらも、どこか誇らしげな顔もあって。
どれもあどけないのは、彼らがたった17~24歳だったから。
飛び立つ直前、親に書かれた最後の手紙も、何十通かあり。
辞世の句もあれば。
細かい字で、びっしり書かれたものもあれば。
大きな字でほんの数行のものもあり。
そのほとんどが筆で書かれ、達筆なものも多く。
あと少しで、終戦だったのに…
じっくり見たら、泣きそう😢だったので。
あまり見ないようにしましたが。
館内の空間には、すすり泣きと、悲しい思いが何層にも重なって。
それが胸に響いてきて、目が潤みました💦
館内は撮影禁止でしたが。
海から引き揚げられた零式艦上戦闘機は、会館外だったので撮りました。


ゼロ戦って、まるではりぼて。おもちゃのよう。
そばには、ゼロ戦に体当たりされた、アメリカの航空母艦の写真もありました。
おそらく、向こうの戦場カメラマンが撮ったもので。
船上で消火ホースが長く伸び、必死で消火したのが伝わってきます。
突っ込まれた甲板はえぐれ、鉄骨もぐにゃりと曲がり。
その悲惨な様子を眺める白人も、写っていましたが。
ゼロ戦は形をとどめず、もうグシャグシャ、ひどいもので。
現実を伝える写真は、音はなくても、雄弁でした。
個人的には、このアメリカ側の写真が一番印象的でした。
戦争は、良いことは何もないですね、本当に。
この後は、海沿いをさらに南下しました。
天気もだんだんと良くなり☀
観光用に整備された駐車場を見つけて、降りると、
稜線が美しい😍✨開聞岳❗❗
山の上の笠雲は、なかなか消えず。
この後しばらくして、また空が曇り、雨も降ったのを思うと。
たまたまここで立ち寄って、ホントにラッキーでした✨✨

九州の山は、岐阜あたりの山と比べると、形が全く違って。
火山活動が本当に激しかったのだろうと、思います。
縄文時代のいつだったか、阿蘇連山が大爆発を起こして。
当時、九州で暮らしていた縄文人は絶滅したそう💦
この辺りは、畑の土の色は黒っぽく。
海岸も、溶岩由来のゴツゴツした岩ばかり。
そういうのを見ると、外国みたい😘✨
その後、さらに南下して、長崎鼻というところへ行きました。


鹿児島では、ソテツをよく見ました。
南国らしくて、良いです~💕
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